「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

あの頃の日産が良かった理由~1990年



 日産はその後、インフィニティQ45やプリメーラという、やはり走りに勝ったクルマを発売する。日産という会社、そもそも技術大国みたいなところがあって、優れた、理想的なモノならどんどん採用しようという気質のある人たちだから、例えば、走る大型高級車として、やや乗り心地に難があってもアクティブサスを前面に押し出したインフィニティQ45や、前輪にマルチリンクを採用し、まるで西ドイツ車を凌駕するような走りの良さを、やはり乗り心地に難があっても前面に押し出したプリメーラを世に送り出したりもした。



http://www.favcars.com/pictures-nissan-infiniti-q45-g50-1989-93-404932



 しかし、インフィニティQ45に関しては、完全なスムーズさ、静けさ、燃費の良さと走りの良さのバランス、なにより理解しやすい高級感に押されて、トヨタ・セルシオに惨敗を喫してしまう。インフィニティQ45はたしかに理想主義的なクルマだったが、しかしこれはいささかならずマニアックに過ぎた。新しいマーケットの開拓、と同時に、あまりにも飛躍しすぎた提案は、いくらか「独りよがり」にも思われた。でもあの時の日産には、「ああする」しかなかったのであろう。



http://www.favcars.com/nissan-primera-sedan-jp-spec-p10-1990-95-images-53852



 プリメーラはその点、マニアックなクルマでこそあったが、そもそもこのクラスの「走るファミリーカー」として、ブルーバードというベースマーケットがあったおかげでプリメーラが受け入れられる素地があったのが幸いした、というべきだろう。これは言うなればブルーバードの現代的な解釈なのであって、事実プリメーラの登場で一気にブルーバードを古めかしくしてしまった。


 ナニが言いたいのかというと、つまり、さすがに当時の好調日産とはいえ、顧客やマーケットへの読みが完璧だったわけではなかった、ということである。矢継ぎ早に刺激的なニューモデルを創っては売り出していた当時の日産ではあるが、そこに十全な計画性やコントロールが及んでいたかどうかについてはやや疑問の残るところではある。Q45やプリメーラの出て来かたをみていると、作り手の理想と情熱だけが先走った、やや前のめりな印象がどうしても残るのである。


 その点、腹が据わっていてウマかったのは、1990年登場のプレセアであろう。このクルマ、あからさまなカリーナEDのパクリグルマではあるが、カリーナEDのように2リッタークラスとしてではなく、サニーをベースとした1.5リッタークラスがベース。その分価格も抑えられ、より買い求めやすいグレード構成を実現し、堅実に売れた。このクラスのクルマを買う人にとっては、例えばシーマと違って、高いこと、見栄を張ることより「実際問題買いやすいコト」のほうが大事である、ということをよく理解し熟知していた結果だと思う。それはつまり、きちんと「マーケティング」できていたコトの証であり、日産にとっては長らくニガテとしていた要素でもあった。



http://www.favcars.com/nissan-presea-r10-1990-95-images-27847



 そうして安くつくり、売ったプレセアというクルマ。当時の日産としてのリソース(笑)は総動員である。なんといってもあのインフィニティQ45と同じ顔つき。セフィーロやローレルで培ったインテリアセンスの良さ。そしてサニーベースとはいえやはりハンドルを握って楽しい走りである。


 このクルマには、例えばQ45やプリメーラのような真面目一辺倒なところがなく、むしろ不真面目。あるいは、言い換えるなら肩の力が抜けた、作る側の心理的余裕のようなものが見え隠れしているような気がする。当時善戦している日産だったからこそ、クソ真面目にカリーナEDを追求して、カリーナEDにアタックして、そして砕け散るという愚を犯すことなく、ひらりと身をかわすかのように微妙に価格帯をズラして直接対決を避け、そして、「日産がつくるとやっぱりこうなるよね」というデザイン、インテリア、走りの良さをきちんと備えている。


 冷静に顧客動向を解析し、同時に大いに売れているライバルを大いに意識しながらも、堂々と自分の勝負をしているところがプレセアの強みであり、当時の日産の心理状態を映し出しているように思われてならなかった。



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 僕が思うのは、この「我が道を堂々と行く」という姿勢である。これは簡単なようでなかなか勝ち取ることのできない境地ではないだろうか。人間にとって難しいなら、自動車会社、自動車創りにおいてはもっと、という気がする。


 そのためには、「我が道」を裏付ける「自信」というものが必要で、そしてそれは当時の日産にはしかと存在していたということなのだと思う。1985年以降、コツコツと積み上げてきた何かがこうしてきちんとカタチを成して現れていたのである。そのことは、Q45やプリメーラ以上に、僕はプレセアというクルマでより強く感じた。良いクルマ以上に、良い製品を生み出すには頭を冷やして冷静になる必要がある。プレセアはクルマとしてはショボかったかも知れないが、考え方や立ち居振る舞い、モノゴトの読み方においては非常に成熟していたと思う。


 多くのライバルの中でシノギを削るというのは、今も昔も変わらない。しかしその中で、いかに自分を見定め、向き合い、ブレない「直進安定性」を見せられるか。あまたある商品の中から「やっぱり日産だよね」と思わせる「何か」を日産自身が見いだせているのか、あるいはそうではないのか、という問題は、見ている側にとって非常に重要なことである。情熱の次に来るものとは「信念」であり「価値観」である。あの当時の日産はその手順を順当に踏んでいた。





 つづく。





2016.10.27
前田恵祐

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