「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

タカタ、エアバッグ問題について



 NHKが自動車の安全対策問題で、エアバッグやサイドインパクトビームの不備を論って問題にしたのはいまから二十五年前のことだ。たしかに、欧米のクルマと比べてエアバッグ、サイドインパクトビームに加え、ABSや後部座席三点式シートベルトとヘッドレストなど、乗員を守るという観点に立ちきれていない、あるいはその考えに及んでいないのが日本車の現状だった。そのマスコミの騒ぎ立てによって世論は沸騰し、国産メーカーは安全装備の充実に乗り出した。


 エアバッグが先か、ABSが先か、と考えたときに私はABSの方が先だと思った。衝突が起こってからのことを考えるより、積極的に衝突を回避することのほうが、物事の順序として先であろうと。衝突が起こっても大丈夫、よりも、衝突を起こさない運転、が先であり、人間は、ドライバーは、出来うる限りの対処を、人の叡智にかけておこなうべきである・・・これは現在に至るまで、私の交通安全に対する考えの根幹になっている。


 しかし世の中はエアバッグを優先した。事実として、ABSの設定はないがエアバッグは標準装備だ、というクルマが数多存在したし、エアバッグというわかりやすい「商材」を率先して宣伝し、販売拡大の材料にするというメーカーの「商業主義」を目の当たりにもしてきた。人々は、エアバッグがあれば安全である、と思い込んでいる節がある。シートベルト装着率がなかなか向上しなかった一因はこのエアバッグ(というかエアバッグ商法)に責があると私は思う。


 エアバッグは高価な装備だった。しかしそいつを大衆化させるにはコストを下げることが大命題であることは明らか。ま、エアバッグだけではなくて、様々な部品のコストを下げて低価格維持と利益の確保について、ましてやバブル崩壊後の不景気の中、自動車メーカーは躍起になってきた。あのメルセデスでさえ、過剰品質こそが最大のポリシーだったものを、90年代以降「いかに利益とブランド価値に折り合いをつけるか」というテーマにガッツリ取り組んでいる。


 タカタがエアバッグの生産に海外拠点を利用すると考えるのもそうした意味では自然な成り行きだったと思う。十分理解できる。しかし、高騰する開発費用、生産コストと利益を考えたときに、この二十年にわたって衰退したのが「品質」であったと思う。


 一つに、コンピュータの台頭と過信。コンピュータは膨大なデータの蓄積と計算ができる代替頭脳であると。コンピュータを用いることで、メーカーは実験や試験にかける手間と時間とカネを相当削ったと言われている。キーボードを叩いて計算し設計し、また予測も立ててしかも時短で生産フェーズに移せる。コンピュータは自動車メーカーにとってまさに魔法の道具のように思えたかもしれない。


 しかし、クルマはコンピュータの上で走らせるものでは断じてない。


 例えば以前取り上げたCVTの走行不能問題、これも実験や試験、耐久性検討の不十分がもたらしたものではないだろうか。カタログ燃費を飾るための「魔法のトランスミッション」。新車のうちはいいが、あるいは、新車を購入する人にとってカタログ燃費で目を惹くためにはいいが、長年の使用に耐えられる代物では必ずしもないし、またそこまで考慮されているとは考えにくいというのが事実であり、現状が示してもいる。


 クルマはカタログの上で走らせるものでは断じてない。


 即ち、新車として売れ行きが伸びてさえくれればいい。後のことは知ったことじゃない、あるいは、故障したとしても高額の修理代を請求するか諦めさせて新車を買わせるかすればそれでいい、というメーカーの姿勢が浮き彫りになってくる。メーカーにとって大事なのは新車が売れること。ま、それはたしかに正論だが、クルマは長期間使用、走行し続けるものであり、また人間の命を担保するものでもある。長ければ15年なり20年なり。


 大事なのは、クルマ一台の生涯を通じて、ユーザーの利益を最大限担保できるかどうか、あるいはその意思があるのかどうか、ということではないだろうか。


 エアバッグを人間で実験することは難しいが、しかし、昔より大幅に削られた実験、試験にかける手間暇、これが自動車の開発から人間の感覚を失わせたことは事実だと思う。しくじれば自分が痛い目を見る、あるいは、自分が納得できないものを商品として出すわけには行かない、といったような。そこをコンピュータでチョチョイのチョイで片付けてしまう、あるいは過信すると人間の経験や危険に対する肌感覚が生きてこない。ましてやデータベースだって完璧にリスクを察知する要素が盛り込まれているとは限らない。例えば今回のエアバッグの設計や製造についても、こうした人間が持つ特有の感覚が失われていたために、設計段階で問題を見いだせなかったのではないか。


 コストの問題、開発スピードの問題、またメーカーの意識低下、など、諸々の問題でクルマの品質は「全般的に」低下していると思っていい。今回の一件、結論が出ても「ハイ、コンピュータに登録しておきました」で終わらせていただきたくはない。エアバッグという「点」で見るのではなく、「自動車」という存在が、長期にわたりユーザーの生命や利益を担保しうる商品になりおおせているかどうかという視点で、どうか総点検を執り行っていただきたい。







前田恵祐



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