「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

Monthly Talk 201105

01 May 2011



彼は明らかに「ライン」から外れていた。
レーストラックのラバーが乗ったレーシングラインのことではない。
ゆえにあそこまで苦労し、哲学を会得し、そして早くに旅立ってしまった。



アイルトン・セナは1994年の今日という日、トップを走ったまま天に召された。
緩やかならぬ道によって体得された全てが頂点に達し、散った。
御幣を恐れずにいうなら、美しい最後だった。



私は彼を天才というには抵抗がある。
それは昨年公開された彼のドキュメント映画を見て改めてそう感じた。
端的には、ヨーロッパの格式と歴史ある競技において、
やはりブラジル人は外様だったと思う。
苦労をしながら挑戦し、登りつめた彼の戦いの歴史をして、
たしかに天才肌ではあったが、苦労の絶えない道のりでもあった思う。
ヨーロッパには既にモータースポーツに挑戦し、
頂点を目指す者にとっての「レール」のようなものが存在し、
あるいは、教科書のようなものが書けるほど成熟してもいた。
そこへ現れた、ましてや天才肌の「異人種」は明らかに拒絶されたと思う。
それは日本のホンダや中嶋が受けたものと同種のものだっただろう。



拒絶に体当たりし、当たって、砕けて、挫折もしたであろう若き日。
もがき、苦しみ、悩み、嘆いたであろう戦いの日々。
ドライブにも磨きをかけながら、人としても磨きをかけていった。
だから多くの人の心を掴んだのでもある。
苦労は人を大きく成長させる、その見本のようなものだった。
彼と気持ちを共有できていることが何より嬉しかった。
勝てば喜び、負ければふてくされもした。
その一挙手一投足はファンと共にあったといっていい。
そうしてファンと繋がることでセナはF1での居場所を見出していたような気がする。
苦労や努力を重ねる中で人の心や痛みを理解し、喜びも分かち合えた。
これはレーシングスクールに通い、
エスカレーター式に登って行く人が見せる生き様とは、
まったく異なったものであるということはいえると思う。
「ライン」から外れた人生たればこそ、彼は苦労人であったと思うし、
同時に、人格者にもなれたのだ。
だからこそ強く惹かれた。



今のF1がイマイチ盛り上がらない理由はそんなところにもあるだろう。
インド人やロシア人、あるいは日本の可夢偉あたりがチャンピオンになれば、
またそれは輝かしいストーリーになっていくはずだが、
セナのようにF1に体当たりして成長し、勝っていくというものとは違いすぎる。
それだけF1という競技が広く開放的でどんな国の人も抵抗なく受け入れる、
というスタンスが出来上がって、いうなれば成熟を深めた証拠でもあるだろう。
しかし、そこにセナのようなドラマは、もはや生まれない。



それだけに、彼と同じ時代を共に生きることが出来たことを素直に喜べるのだ。










前田恵祐


.

拍手[0回]