「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

Monthly Talk 201203

01 Mar 2012

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 駅から会社までは歩いて17分ある。15分でも20分でもなく、17分である。だから脂肪燃焼まではあと一歩二歩三歩である。故になかなか体重が減るところまでは行かない。でも歩きは身体にいい。イイカンジがするから、きっとイイはずなんである。


 駅から会社まで、駅から家まで、歩く人はけっこういる。というか、何回か歩いているとそのメンバーはけっこう固定化されているとわかる。同じ便に乗って駅に着き、歩き始めもほぼおなじ、というか、乗車してきた号車によって改札も前後するから微妙に差が生まれる。乗った駅のホーム階段の位置がかなり左右する要素だ。たまに乗る号車を変えると、いつも歩きで一緒になる人を見かけたりする。おお、この人は品川だったのか、とか、そういうことがわかってくる。しかしお互い目は合わせない。


 歩いていると、歩いていて前に誰かいると抜きたくなる。前に誰かいると目障りなんである。僕はレーサーではない。そうそう、横断歩道で、どうして歩行者は左折してきた車の前を、どうしても、なんとしてでも歩いて渡ってやろうとするんだろうね。前より後ろの方が安全なのにね。人より前、人より先、これが現代人のサガのようなものかもしれない。


 で、前の人を抜こうとすると当然歩きのスピードは自分のスピードではなくなる。と、自覚するのは向こう脛が痛くなるからだ。脛で身体を引っ張っているような感じになる。身体の重心は中心に置き、身体全体でバランスよく負荷をかけて前進していくのが一番疲れないし、良い疲れ方になっていく。だからやっぱりせっかちはいけない。


 ただ、どうしてもいけないのは歩いているとオナラが出ることである。歩きッ屁は、する方である。そしてそんなときに限って人を抜いた直後だったりする。まったく失敬極まらん話しである。といいながら、するわけなんである。でも、多分気がつかれてはいないと思う。都会の喧騒にかき消されて、たぶんあの低音は近くにいる人の耳にも届いていないはずである。自分の耳にはビミョーに届くが、それは本当に喧騒の向こう、というカンジがするわけである。いや、そのはずだ。そうに違いない。だから、「何か?」という顔をしていれば、多分・・・。でも、自分の前で誰か見ず知らずの他人がオナラしても、「気がつかないフリ」はするだろう。ということは、されてるのか・・・。


 別に痩せもしないし時間もかかるだけ、まぁバス代はケチれるが、利点はそれくらい。もうひとついうならオナラが良く出るわけだが、なんだかワケもわからず無心に歩き、そしてオナラをする。その無意味さ、不毛さこそ人生そのものなんじゃないか、最近そんな気がしてきている。











前田恵祐


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