「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

Monthly Talk 201206


01 Jun 2012



「とあるマスターのサクセスストーリー」


 僕は保守的な人間なようで、床屋を変えない。変えたほうがいいのかもしれないな、いや、みんなはきっと変えてるんだろうな、変えてないのは僕だけだろうな、と思い悩むことはこの30年以上あったわけだけれど、結局変えてない。それはあの店主、マスターが東北から家族連れで店を開いたあのとき、そう、1982年からである。彼は自らをマスターと呼ばせた。バーテンみたいだ。しかしオールバックに口ひげというスタイルはどこかあのイッセー尾形のキャラクター「バーテン」的ではあった。


 まだ鼻たれ坊主だった僕の髪型は「三分刈り」。しかしまだ開店早々だったマスターのバリカンには三分刈り用のアタッチメントがなかったらしく、「ヌブガリダッタラデキル」とズンズ弁でぶっきらぼうに言い放ち、父が「しょうがないな、じゃあそれで」と渋々二分刈りで納得していた。もともと「お坊さん」と同級生からからかわれていたというのに、さらに短くなるなんて、早く三分刈り用のアタッチメントを仕入れてくれ、と願ってそれから数ヶ月はかかったと思う。


 しかしその頃にはズンズ弁のイッセー尾形もどきのマスターは関東の地にも馴染んだらしく、常連客も増え、予約しないと散髪してもらえない床屋になっていた。最初は自信なさげに「ヌブガリダッタラデキル」だったマスターは鼻歌混じりに上機嫌でバリカンを当てるチョーシのイイやつ、いや、自信をたくわえたイッパシの理容師となっていたわけだ。


 彼の口癖は「なぁ、いいハナスがあんだ」、である。鼻たれ小僧だった僕にそう耳打ちしては、泥棒の仕方を教えてくれた。


 「エエカ?駅メエのデパートな?あそこが終わったら裏ッカワの窓からスノビ込め」
 「そんで、ケーキ屋のショーケース、あんな?」
 「アソコのウスロっかわから、指突っ込んで、ペロッと、ナメろ」
 「ケンドモ、10秒だけだぞ。それ過ぎっと、オマワリさ、飛んでくる」
 「捕まったら牢屋さ入れられて、麦飯とタクワンだぁ」


 この手の話を恐らく僕は300回くらいは聞いているはずだ。
 オーバーじゃない。
 そして締めくくりは必ず「麦飯とタクワン」なのである。


 その後もこの、ズンズ弁の「いいハナス」と銘打たれたバリカントークは毎回のように展開され、時に自分が岩木山に登った時のこと、その帰りにリンゴを盗んで帰ってきたこと、スカートめくられた女は「キャーッ」と言いながら内心は喜んでいるんだ、ということ、そして僕の年齢が上がるにしたがって、ナンパの極意やオッパイの触り方、オネガイのしかたなど、様々なことを、というかほぼシモネタか軽犯罪がらみのネタを、よくもまぁ性懲りもなくというくらい毎回のように繰り広げ、僕を呆れさせた。しかし呆れ果てた頃にちょうど終わる。髪を切り、顔剃り、シャンプー、マッサージまでをこなすという手際のよさはちょっとしたもんだった。


 そんな話を最低月に一回聞かされに行くのが決してイヤでもなかったのは、それでも床屋を変えなかったことが何よりの証拠だ。僕が中学時代、登校拒否になったときに「ウチさコモってねえで、江ノスマさ行ってナンパして来い!」とケツを叩いてくれたのは彼であったし、仕事のことで悩んでいた時にも「そんな時さ、フーゾクだ、フーゾク!」と真面目な僕にはまったく効力を発揮しない励まし方で明るく送り出してくれたのは彼であった。


 あれはもう10年以上前だったか、あるとき「なぁ、いいハナスがあんだ」と耳打ってきた。けれどその声色はちょっといつもと同じではなかった。話を聞けば、これから銀行の融資担当者と会うのだという。田舎の寂れた商店街から、遂に駅前に出店することになったらしい。そしてその翌月には早くも今の店を畳み、駅前のちょっと小奇麗なテナントビルの1階の目立つところに新しい店を構えて見せた。たかだか3席だった散髪台は一気に10まで増え、従業員も雇ってかなり大掛かりな駅前出店に打って出た。お洒落な調度の店内の待合席には常に客がいて、でも回転早く待たされない。やはり手際が良かった。


 それでも「いいハナス」は終わらなかった。しかしそれは以前と違ってかなり具体的なビジネスのアイデアだった。これからは老人の時代だから、老人相手の合コンパーティーだとか、老人向け違法スレスレのフーゾクだとか、まぁ結局のところ話の方向性はあまり変わらなかったんだが、しかしそれらには必ず収支計画があって、それなりの勝算が彼の中にあっての話なんだな、とは感じた。とにかく毎回違うアイデアがどんどん繰り出した。


 その中には、今、現実にオープンさせている「焼肉屋」、「居酒屋」、「フリーペーパー」などの話しも実際にあったりして、かなり以前から暖めていたアイデアだったようだ。今これだけ競争の激しい飲食業界で既に10年近く、「焼肉」と「居酒屋」は同じ店舗で営業を続けている。そしてそれらのなかでも繁盛しているのが、女性向けのシェービングサロンらしい。シェービングというのは理容資格を持った人でなければ出来ないものなのだそうで、女性理容師を雇ってエステと合体させた業態として展開しているらしい。


 そんな彼、マスターは最近はもう御指名の客の髪しか切らないらしい。マスターはもはやマスターにあらず、「社長」であるからして。最近顔を見ないのは、彼の部下達に「マスターはシモネタに夢中になってモミアゲの高さを間違える」と僕が吹いて回ったコトに機嫌を悪くしたのかと思っていたが、そういうことではないらしい。でもやっぱり、ひとたびバリカンを握れば、シモネタや軽犯罪がらみの「いいハナス」を指名客相手に展開していることは相変わらずのようだ。










前田恵祐


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