「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

Monthly Talk/01 May 2014



 僕は、良いウソというものはあると思っている。その場でウソをついたほうがコトがマルく収まるなら、スムーズに運ぶならそのウソは大したウソじゃないと。だから僕はよくウソをつく。自分のウソを許しているタイプだし、他人のウソもまた許せるタイプであると思う。ウソは人間のちょっとした可愛げな部分であり、チャーミングなところだとも思っている。しかしウソはいけない、と、学校では教わるのだ。だからこそ、人間、学校教育だけでは生きていけないんだぞ、とも強く思わせるわけで。


 僕は絵日記が大嫌いだ。そもそも何で絵を描かなきゃいけないのかがわからない。意味不明。絵より文字描写の方が得意だったのはなにも今に始まったことではなく、絵日記を課されていた小学校の頃からだったというわけだ。それともうひとつ、絵日記がイヤな理由は、書くことがないからだった。やはり今でもそうだが、休日といえばうたた寝と決まっている僕だから、小学校の頃からインドア派だったのだ。けれども学校側はどこかに行くなり、外に出るなりして「元気よく」過ごした子供らしい風景の描写を絵日記に求めてきた。いや、そう言明はされなかったかもしれないが、そういう強迫観念を押し付けられた気がする。


 けれども僕の休日は「うたた寝」だから、書くことがない。うたた寝している自分の様子を客観的に見てそれを描写しろなんて無理である。それよりなにより、学校側が求めている「あるべき姿」であるところの「子供らしさ」と自分との乖離に心悩ますことも多々あった。このあたりから僕の心の歪みが始まっていたような気がする。


 そう、書くことがない。日曜日の夜、西部警察が終わる9時前になると、石原裕次郎の歌に合わせて刑事達が大通りの車道を横並びに揃って歩く姿を事件解決の爽快感とともに、絵日記のことが頭をもたげるというのが習慣化されていた。


 そりゃあ、もがきましたよね。もがいてもがいて絵日記を完成させることで、でも、もしかすると僕の文才は養われたかもしれない。そうか、そういう意味では学校もなかなか粋な教育をしてくれる、と捕らえることは、今だから出来るわけで。


 家を出ていないことだけは事実だから、ひとまずその事実だけは歪めないように書き進めた。一応ホウキを持ってみて「家の掃除を手伝いました」と書いてみたり、夕飯の納豆をかき混ぜては「料理を手伝いました」とも書いた。一応事実は歪めていない。しかしそれも毎週となれば限界は訪れる。ネタ切れという限界。


 そもそも絵日記は親の検閲も義務付けられていたから、そうそう簡単にはウソはつけない仕組みになっている。「掃除をしました」とか「料理をしました」という内容自体にもウチの母は「あら本当にやったのかしらねえ」なんていぶかしがっていたくらいだから、僕のウソ体質には早々に気づいたいたのかも知れない、ということはウスウス感づいている当時の僕でもあった。だからウソのダムが決壊するのにそれほど時間はかからなかった。


 自宅の黄色いBDファミリアXGの絵だけは上手く描けた。上手く描けるから楽しくもあった。そうだ、絵日記にクルマを登場させよう、というハナシになるのにもそれほど時間はかからなかった。とりあえず絵だけは完成する。そこにキャプション、じゃなかった、写実的な日記を書かなければならない。しかしそれもそんなに難しくはなくて、この前の夏に逗子まで海水浴に行ったときの様子を、海水浴の部分だけ省いて「編集」して書き出してしまえば、ホラ出来上がり、週末ドライブの楽しい絵日記になった。それをさらに細分化して、横横道路の大渋滞で目撃した故障車や立ちションベンをするオッサンのこと、実際にくらった追突事故の生々しい描写・・・などなど、クルマに関しては相当、当時から「書ける」自分だった。


 でも、実際にはうたた寝しかしていないから、全部ウソなわけだけれど、検閲をする母は「ドライブなんかいつ行ったのさ」なんて言いながら、半ば呆れた様子で検閲をクリアさせてくれていたし、そういうわけだから学校の先生にも「前田君の絵日記はいつも良く書けていますね」とホメられたりもするわけである。見事僕のウソは簡単に成立した。


 嗚呼、いけないことだ、とはあんまり思っていなかった気がする。そもそも毎週のように楽しげな絵日記を要求してくる方に無理があるんだ、ウソはその報復措置だ、くらいに思っていたような気がする。つまり、ウソも方便であると。


 そうして、僕はウソの天才になってしまったかもしれない。今でもお腹が痛いといって会社を休むのはプロ級の技だと自分でも思うし、仕事の失敗にウソを塗りたくって他人のせいにしたことだって一度や二度じゃない、かもしれない。けれどもそんな自分に悪びれる様子もなくシャアシャアとこうして書き綴ってしまうのを見るにつけ、でも、人生にウソは必要なんだと申し開く僕である。いいじゃないか、ウソはどんどんついて良いんだってば。



 だって他人が僕に話す事柄だって、どこまで真実かわからないし。



 僕はほら、他人のウソを許しているわけだから・・・



 イヤイヤ、、、



 僕の試乗記やリポート、論文のたぐいに関してはちゃんとホントですから・・・





 STAP細胞もね・・・





 うん・・・あるはずだと僕は信じているし。






 あ、そうそう、ゴーストライターもね、絶対に使ってませんから。













前田恵祐

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