「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

Monthly Talk/01 Feb 2015



 世の中イヤなことばかりである。良い話、良いニュースというものに触れる機会が圧倒的に減少したのは、やはりここ二十年、失われた二十年における話だと思う。たしかに良い話を報じるだけの材料がないのかもしれない。しかし本当にそうだろうか。良い材料を探し当てる目を持てていないだけではないんだろうか、特にマスコミに対してはそのような感想を抱く。モノは言いようで、白を黒と報じるのは簡単だし、白を黒と報じるのも、じつは簡単である。もっと前向きな言い方があるんではないか。書き手としてそう思う。


 そういう報道や情報が氾濫している現代において、人は社会から拒まれ、否定されていると思っていて、社会における自らの価値を過小に認識している可能性がある。自己肯定感、などという言葉が用いられている時点で自己否定という拭いようのない素地が出来上がっていることの証左である。自らを拒み否定するものに対し、人間は前向きには向かっていけない。社会を疑い、疎み、本来なら生産的関係をもって健全とすべき、例えば企業と労働者、例えば地域社会と生活者、政治と有権者などなどの在り方がどうにも歪んだものになったままだ。簡単に言えば、健全な精神状態での社会参加が難しい世の中であると。


 現代人はメディアの影響を強く受けているから、メディアの流す情報が即ち真実になってしまう。しかしこうも生きづらい世の中が続き、人心を荒廃させる「情報」の源がメディアなのだとしたら、まずはそれを疑うことが第一なのではないだろうか。あるいは、暗いネガティブな情報を流すのがメディアなら、ポジティブに、心豊かにする情報を流すのもまたメディアにできる「貢献」ではないのだろうか。そういう情報操作、ないしは誘導のカタチもあっていい。


 具体的には、だいそれたことではなくとも、小さくとも良い成果を上げている人、地道に働いてまっとうに生きて、かつ幸せを得ている人、つまり善良なる「小市民」にもっとスポットライトを当てて欲しい。ゼニカネ、高級車やタワーマンションばかりが幸せ、という誘導はもうやめてもらいたい。見ているだけで不満が爆発しそうだ。そういうセレブな暮らしができなければ不幸せという狭い価値観に押し込められていることにも気がつかなければダメだ。流す方も、見る方も。


 個人的な話をすると、やはり僕もメディアの影響を強く受けたと思う。事実、社会不信、とりわけ雇用を不安定にする企業への不信感は、いつしか絶大なものになっていた。学歴の問題もあるけれど、それでも履歴書を突っ返されたことは50回じゃきかないし、そのくせちょっと気に入らないことがあるとすぐに辞める、ということもしてきた。しかし、それでもこんな僕を好意的に採用してくれる会社はあって、本来ならそういう会社でとことん頑張らねばならなかったはずだった。でもそこで根っこに居座る社会不信、企業不信が邪魔をする。こちらが信じなければ向こうも信じてはくれない。だから関係は悪化する、簡単に言えばそういうことが何度となく、僕の職業人生の中では繰り返された。仮に非正規であってもちゃんと永年勤続のできる人が居る中で、それが自分にはできなかったのは、ひとえに言い知れぬ、そして根拠無き不信感を払拭できずに企業との信頼関係を構築することができなかったから、そこに尽きると思う。


 疑う心があるからこそ批評者としての資質を磨くことができるという側面がある一方、まっとうな社会生活にそれは邪魔することのほうが多い。ま、完全になくしてしまうとそれも問題だとは思うけれど、こと日銭を稼ぐ職業においては、シンプルに信頼関係が第一と痛感する。働くってことはそういうことなんだと。年齢とともに色に染まり贅肉を蓄え澱が貯まる。しかし時にはそれをデトックスしなければならない時もある。だからといって履歴書に書いた経験や実績もが消えてなくなるわけではない。


 誘導や呪縛から解かれ、わりとすがすがしい気持ちで「次」の仕事に向かっていくことにします。そして、この「ブログ部門」では銭を稼ぐ職業では発揮出来ない分、これまでに増して自己主張を炸裂してまいりますので、ひとつ、よろしく。





前田恵祐

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