「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

Monthly Talk/01 Aug 2015



 現代におけるマスコミの重要なミッションとは、国民に「不安」を植え付けることに尽きると思っている。不安をあおり、それを消費行動の動機に結びつける、今の世の中の利益構造の底流にはこの心理作戦がまかり通っていると思っていい。


 世の中情報化社会で、人は、情報をもはやTVや雑誌だけでなく、ネット媒体からも幅広く収集でき、その反面、氾濫する情報戦の中で勝ち残るための戦いというものもメディア側の心理にはある。気を引くための記事、クリックされことで得られる利益、そうしたものが今現時点で飽和状態にあり、人は情報を鵜呑みにはできないと感じ始めている。しかし、上記の「不安」だけは払拭できない。ここが現代人の弱いところであり、盲点でもある。


 たとえば、約十年前、某女優を起用した「うつ病かもしれないから病院に行きましょう」というTVコマーシャルが流れた。たしかに世の中ストレス社会であることは確かで、それは世の中の潮流の変化が激しかったり、世代間の精神面での格差や変化も激しい時期でもあったから、心が疲れるというのは誰しも感じていたし、飛行機がビルに突っ込むなど、世の中どうなっちゃうんだという心理がそれはやっぱりあったから、不安ではあったと思う。しかしくだんのコマーシャルはそんなちょっとした人間の心理の隙間につけ込んだ巧みな戦略であった。


 要するに「精神科医院の集客」である。これはそもそもTVコマーシャルになっている時点で「広告代理店の仕事」であることを知っていないといけない。医療に商業主義が結びついているということだ。これを私は「不安商法」と名付ける。


 そして、このあたりを端緒として「不安症候群」は日本国民ほぼ全員に、全国津々浦々まで蔓延していくことになる。マスコミや広告業界による「不安あおり」のキャンペーンが始まった。TVコマーシャルだけではない。たとえば朝のワイドショー番組で取り上げられる身体への不安、健康への不安、実生活、仕事、子育て、家庭、さらには性生活への不安に至るまで、すべてに共通するキーワードは「不安」だ。「どうする?」「どうしたらいい?」「どうしよう?」それに対する対処法は、じつはすべて消費行動に結びつく番組構成になっていることがほとんどだ。


 ナニガシが健康にいいからたくさん食べましょう、と人気司会者がいうと、あっという間にスーパーマーケットの商品が大量に購入され、品薄になる、なんていうのはじつにもってみっともない。


 誤解を恐れずに言えば、人生というのはそもそも不安なものなのだ。この先の人生、どうなるかわからないし、確実なものは何一つとしてない。しかし、だからこそ先を読み、対処を考え、自らを鍛え、なにがあっても打ち勝てるように、あるいは回避したり、納得したり、理解したりできるように「生きるための基礎体力」を鍛え上げるというのがまずは先決なのではないだろうか。昔の人はそれを「人生哲学」と呼んだりしたわけです。


 これは、なんでもかんでも自動化されて、人間が思考する、頭脳を使って生活し、生きていくということをしなくなったことが大きいと私は思っている。なんでも人任せ、機械任せ、なにかあっても自己主体で解決しようとしない、そういう文明に、現代社会は突入してしまっている。考えないから先も見通せないし、それゆえに不安が増幅しているということにも気がつきおおせていない。


 もっというと、「生きる上での緊張感」というものがない。


 それは無論精神を痛めつけるような「過緊張」ではなく、十全に思考回路を働かせるためのアンテナやセンサーを働かせるためのものと思って欲しい。それは、なにより他者や、もっというとマスコミ、広告業界、噂、風潮、流行のようなものに踊らされない主体性ある人生観を自らになさしめるための重要な項目だと申し上げておきたい。


 この記事を通じて何を言いたかったのかといえば、それはもちろん、マスコミや広告に踊らされるな、ということであるし、しかしそうした利益構造を生み出したのは誰あろう国民自身のだらし無さにあるということだ。だらしないからそこにつけ込まれている、そのことにもうそろそろ気が付いておいたほうがいい。そうでないとマスコミも広告も本当にエゲツナイ情報や言葉や音楽や映像を配信するだけの不毛な業界に成り下がってしまうから。



 メディアを育てるのは、じつは消費者なのです。





前田恵祐
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