「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

Monthly Talk/01 Sep 2015



 最近なにかと病院に行くことが多い。四十を過ぎてアチコチがたが来始めたというわけか。そもそも数え年の41でそれはすなわち「本厄」であるからして、しかるべきタイミングということなのやも知れぬ。体の中から「コンコンコン」とノックされているような心持ち。その体からのメッセージ、アラームには素直に従っておく。べつにすぐに死んでも構わないくらい僕は自由に生きてきたし、こうして発言もし、少なからずご支持もいただいている。ありがたいことだ。


 病院というのは「待ち時間」が付き物で、大概にして1時間は待たされることが多い。それを覚悟でいく。順番待ちのための札を貰い、画面表示の番号を見ながら自分の順番が今どこいらへんにあるのかを察することができる。コイツは非常に便利だし、ストレスも減る。しかしそれでも我慢ならないという患者もまだいるようで、病院の受付嬢たちはそんなクレーマーの処理にどうにも苦慮しているようにお見受けする。病院にもコールセンターの設置を勧めてみるか、コールセンターのベテランは想ふ。


 そして、そうしたクレーマーの大半が、なんと、「年寄り」だ。こいつはいかにも見苦しい。そして、極めて醜い。やれ自分の順番が追い越されただの、いつになったら診察が始まるんだ、だのといった、じつにくだらない苦情が彼女たち受付嬢のもとには寄せられている。たしかに、受付だけ先に終えておき、待ち時間を利用して買い物に出る、という患者が戻ってきて、間に割り込む、というシステムにも問題はありそうだ。しかしそんなものは瑣末なことに過ぎぬ。


 僕は、素直に順番を待つし、その覚悟でもって待合に座っているからまったく苦痛でない。なんなら携帯ゲームの「電車でGO!湘南新宿ライン特別快速」に乗務して、横浜から新宿への擬似運転旅行に没頭しながら時間を潰すことだってある。地元の開業医の二代目は大学病院などで実績を積んだ腕利きと評判。それは混雑もするだろう。だから待たされる。待つことを僕は厭わない。そういうものだろうと思って臨む。


 そもそも年寄りというものは、年齢だけでなく人生経験を豊富に蓄積し、様々な困難や苦痛に耐えられるだけの人生訓を持ち合わせ、時に状況を正しく理解し自らの処し方を心得ている、「人間のベテラン」であるはずだ。それが順番待ちに耐えられない。これはどういうことなのか。一体何をして今まで何十年も生きてきたのかとまるで理解の及ぶところではない。そのくせ電車では優先席を占領し、なんなら大して悪くもないのに過剰な医療費を国に要求し、ただでさえ逼迫している年金財源を食いつぶしている。


 そう、現代の年寄りは、肩身が狭い、と思ってもらいたい。


 「敬われる年寄り」になるためには、今の時代、相当ハードルが高いと思ってもらいたい。だいたいこのような醜態を晒すばかりで、何一つ若者に「還元」するもののない年寄りなど粗大ゴミ以下ではないか。年を取る、経験を積む、学びを深める、そうやって生きてきた「お年寄り」というのは、それはいるでしょう。そしてそうした人たちは語らずとも存在するだけで若者に善い影響を与え、人生の悩みを解決なさしめ、そして諭す、高い人格を持っているはずである。若いものに人生を説く、生きる意味を納得なさしめて初めて年寄りは「敬い」を得ることが出来るはずなのだ。


 それが、ただただ公費を浪費し、権利ばかりを主張し、悪態をつき、礼節すらもわきまえないダメ老人がこの世の中には掃き捨てるほどいる。そしてそのことに誰も言葉を発しないというのはどう考えてもおかしい。年寄りは年寄り同士でかばいあって保護し合うし、若者はそもそも人生の先輩からの貴重な「伝承物」を得ないままで、事の善悪に対する分別がまるでないから指摘すらできない。


 僕は思う。今のダメ年寄りは全て、「戦争を知らない子供たち」の世代だ。生活が豊かになりモノに溢れ、まみれ、ただ漫然と緩慢と生きていてもなんとかなってしまう世の中でダメになってしまった人間の最後の姿だと。


 現在四十の僕の感覚だが、僕の若い頃はまだ、若い人にきちんと礼節を持って接し、正しく敬語を使ったコミュニケーションの取れる「誇り高き老人」はたくさんいた。戦争をひとつの象徴にしてしまうには危険なところはあるが、しかし今よりはるかに「大変だった」時代を生き延びた人の強さや気高さ、あるいは同居する謙虚さ、優しさのようなものは、モノに助けてもらいっぱなしの世代が完全に失った人間としての生命力に溢れた姿ではないだろうか。


 戦争には反対だが、人間が人間らしい心のしなやかさや瑞々しさを取り戻すには今のままでいいわけがない。戦争や苦しい時代は必ずしも人間に負の遺産ばかりを残したわけじゃない。厳しい体験が人間を研磨し「ステージ」を高めることに少なからず手を貸したはずだ。しかしその厳しい時代を知る者がその反動的な動機で「便利」で「ラク」な文明や時代を作りおおせてしまった。人間とは、結局同じところをグルグルと旋回し続ける動物なのやも知れぬ。





2015.8.19
前田恵祐
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