「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

Monthly Talk/01 May 2016



 日本ではいつどこで地震が起きるかわからない。熊本地震も事前に専門機関が可能性として示唆していたというが、そんな場所この国にはいくらでもありすぎて、そしてそのうちのどこでいつ発生するかはまるでわからない。地震予知というのは現在の技術では難しい。ああいう震災が我が身に降りかかるかも知れないという教訓として心づもりしておくしかないということなのだろう。以前にも書いたが、こういう災害国なのだから不必要に財産を築くというのは賢い生き方ではない。失って困る財産は無駄ではないか。


 さて、この熊本地震の現場でのメディアの立ち居振る舞いに対して避難者の感情が穏やかではないかのような報道がなされた。


 それはそうだろう。メディアは取り上げて報道することで金にしている仕事だ。それが行き過ぎた振る舞いに見えるような行動を取っている、あるいは、そう見えるような事実があったとしたら避難者の感情を逆なでしてもしかたがないことだろう。誰のための報道なのか、何のために現地から伝えているのか。視聴者の知る権利以上に避難者の実情を正確に伝えているのかどうか、こうした問題が出てきている以上メディアのスタンスを疑ってかからなければならなくなる。


 それにしてもなぜ芸能人は被災地に入ろうとするのだろう。これも私から見れば、今最も注目を浴びている場所に身を置くことによる売名行為以外の何者でもないのではないか。わざわざ扮装して現地入りしていることまでご丁寧に報道させる、メディアに載せて流す、その神経が理解できない。挙句頑張ろう頑張ろうと連呼するが、彼らは既に相当頑張っている。頑張っている人間にさらに頑張ろうと声をかけることの意味を君たちは知っているのかと言いたい。


 義援金を送ろうが支援物資を送ろうが、それは現地の行政をはじめとする各種オペレーションが役に立たなければまるで被災者のためには生きてこないということを知るべきだ。その点熊本の行政は立ち上がりが相当遅かったと言われている。ゆえに初期段階での外からの支援というのはなかなか手が届かなかったりする。もどかしいがそれが日本の災害支援の現状というべきだろう。こうしたことからもやはり日常からの心構えや備え、自分の身を自分で守るという考え方が大事になってくるということだろう。


 壊れた熊本城の修復に100億かかるとか数十年を要するとか言われているが、そんなものに金と時間を費やすくらいならもっと他に使うべきところがあるだろうと思うのだがいかがか。熊本のシンボルだとか象徴だとか心の支えだとか言われているが、みんな本当にそう思っているのだろうか。本気でそんなことを言っているくらいなのだとしたら、「そんなに大変じゃないんだな」と私なんぞは思ってしまう。もうあれだけ破壊されてしまったのだから、平らに均して、「熊本城跡」ってことでいいんじゃないだろうか。どうなんですかね。





2016.4.28
前田恵祐

拍手[18回]