「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

Monthly Talk/01 Jun 2017



 僕ぐらいの低所得者層の職場は基本的に服装にはウルサくない。以前はスーツにネクタイを着用「させて」いたけれど、最近ではさすがにスーツとネクタイを購入維持できるだけの給料を渡していなかったということにやっと気づいたんでしょう、それ、言わなくなった。だからジーンズでもスニーカーでも、なんなら茶髪でもロン毛でも、ただし女性の場合はセクハラの原因になるだろうからと、露出度の高い服装は禁止になっていることが多いですね。


 ま、服装はかなり自由になってきたと思いますよ。


 なんせ、非正規で後ろ暗くw雇っている社員を客前や得意先の前には基本出さない、ということがかなり徹底しているから、よほどの「顧客意識」の高い会社、職場でない限り、服装に関しては言わなくなった、いやぁ~いい時代になったね。


 でも、しばらく前はそうでもなかった、というのはこの流れからおわかりでしょうな。


 所得が低いと、そう、スーツ買うのもタイヘンなのよ。それなのにスーツネクタイYシャツ必須みたいに言われちゃうと、ホント、困窮する。でも買わなきゃいけないから、みんな、どうするかといったらカードを辛うじて持っているならカードで買うなりキャッシングするなり、ってことになるだろうし、親に頼み込むってのも充分ありえる手法でしょうな。でも僕なんかは、これ以上カード残高増やしたくないし、親にもそうそう頼れない、わけでw、でもそれなりに職歴も長い中堅非正規だから、ま、多少サイズは合わなくてもスーツはあるわけ。


 でも、サイズは合わない。じゃあどうする。


 誤魔化します(笑)。


 幸いにも昔のほうが肥えていたので、昔買ったスーツのサイズはデカい。で、そのダブダブスーツをどう誤魔化すかといったら、上下のコーディネートを変えるわけです。さらに言うと、世の中には上下揃いのスーツばかりではなく、ジャケットのみ、しかもプライベートにも仕事にも使えそうな着回しの利くようなデザインのものが、よく探せばあるのヨ。これをけっこう使いました。


 気に入ってましたよ。ゆったりした感じの茶色いジャケットにズボンだけダークグレーとか黒とか。さすがに徳大寺さんみたいなツイードのジャケットとなるとカッコつけすぎだろうという気もしたのでやめましたがw。


 日本では上下同じでツートンでなく揃えていなければならない、みたいな、誰がそう定義したのか決めたのか知らないけど、みんなそうですわね。でも、外国、、、には行ったことないけどw、外国の様子を見ると、上下異なるコーディネートで着こなしているオトナってたくさんいるし、すごくオシャレに僕には映ったよね。とくに、日本のサラリーマンの白墨色の中でこういう格好していると、ホント、自由に立ち振舞っているように思えて、精神的にもラクだった。


 ところが。


 まあ、当然のようにケチはつきましたわな。戦っても無駄なので、ハイハイと言うこと聞いて、サイズ合わないスーツ着てくるようにしましたけどね。べつに客前にも出ないし、それでいてネクタイもしているしYシャツでもある。それよりなにより、ドレスコードみたいなものが曖昧すぎて、誰も何も確固たる標準基準てものが持ててない。じゃあなんで僕の格好が駄目なのか・・・それは、皆と違うから、ということなんでしょうね。これってイジメでしょ?ある意味。


 学校教育をきちんと受けて、人間、あるいは社会人として「規格化」されてきた人にとって、隣や周囲と揃えることがすなわち帰属意識でもあるから、それはやると。でも僕そうじゃないからね。べつに決まりがない中でなら、それにそんなに反社会的な事してないんだから、いいじゃん、ラクな格好しましょうよ、と、僕は思うタイプ。


 こういうツマラナイ細かいことで、僕はかなり世の中から「排除的」な扱いや「言葉」を浴びせられ続けてきたとは思いますね。それについてはべつに恨みは持っていないし、僕はそもそも、人を「規格化」して人間性や個性や知性を踏みにじる「学校教育」がイヤで学校に行かなかった人だから、まあ、そういう人間が「規格化」された人間で構成された「規格社会」に出ていけばそうなりますわね。当然の成り行きというモノでさ。


 だから、言えることは、世の中、まったく多様性なんてものは踏みにじられてますよ、もう笑っちゃうくらいに。自分たちと異なるタイプの考え方の人間や人種を徹底的に排除する、あるいは村八分にする、それが日本の「規格化教育」が生んでいる社会の現実であって、さらにはそれに誰も疑問を抱いていませんね。だって、「規格内」で生きてさえいれば、これこの上なく、「安心」であり「安泰」だもの。それ保証されているからね。


 ザッツ村社会。


 僕は、マイノリティーって言葉が存在すること自体、価値観が狭く多様の反対という現実を成している証拠だと思っていますけど。





2017.5.1
前田恵祐

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