「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

ごあいさつ



 例えば、僕なんかもまるっきりそういうタイプだが、このブログを読んで頂ければわかるとおり、批判や指摘をすることを旨とするタイプの活動家だといっていい。自動車やそれだけじゃない、自動車を通じて見える、自分の目を通してみて感じる世の中や社会の矛盾や不条理や思考停止を、僕らは(それやってるの僕だけじゃないからね)論って文章にして読んでいただいている。


 読んでくださる人がいるから書く、というところももちろんだけど、やはり「おかしい」と感じたことは口に出さないと、世のため人のためにならない、お役に立てないというふうに強く思うからこそ、口酸っぱく、いや、筆酸っぱく、批判、指摘をくりかえしている、というのが、僕らの活動の原則になる。読まれる、ということは、それなりに賛同してくださる方がいるということだから、その点、あまり孤独感に苛まれることなく、言うし、書く。


 しかし、最近思うのは、まあ、僕はやらないし、やるだけの学も権利もないと思うんだけど、でも例えば政治、行政への批判を繰り返し続ける、あるいは揚げ足を取り続ける人ってかなりの数にのぼるじゃないですか。ネットニュースや情報サイトにゴロついている、それを書いて食い物にしているクソライターが五万といる、と、僕は思うのね。


 と、いうのは。


 文章というものは、なにより「生産性」というものが大事なんだと僕は思っています。それを書いて、読んでいただいて、それでどんな感想が持たれるか、とか、どんなことを訴えられるのか、という結末、結論、いうなれば起承転結というものが必要なんですね。だから、批判、非難、指摘を行なったまま、そのままで筆を置くというのは、あってはならないと思うのね。それで終わる文章というのは、筆者の自己満足だし、ガス抜きみたいなもんだし、つまりは「書き殴り」の域を出ない。


 政治政権の批判をします、これだけ矛盾や不条理があって、総理大臣はヒドい、というふうに、まあ、やってる人、たくさんいるよね。でも、ここで僕が言いたいのは、じゃあ、どうなって欲しいの?ということなんですね。どうなることが理想の政治政権であるのか、どういうことをすれば、どういう態度をとれば、あるいは、どういう世の中になるのが最終理想形なのか、という具体的なスコープやビジョンが何一つ提示できていないでしょう? それができなければ、人を非難する資格はないと思うのね。重箱の隅をつついてるだけでしょう? 揚げ足取り繰り返してる国会と同じことをジャーナリストもやっているに過ぎない。


 たしかに、今の政治は(昔からそうか?)無能な人たちが動かしているなあ、というふうには思いますよね。だけど、じゃあ、何を持って有能というべきなのか、あるいは何を持って有能と考えるのか、ということを、ちゃんと言える人って、僕を含めてじつは今の世の中、いないと思う。それが、現代人における主体意識の低さの表れなんじゃないだろうか。・・・じゃあ、その主体意識、どうすれば持てるようになれるのか、は、自分で考えてください。自分で考えないと持てないものです、学校教育方式に、教えられて得られるものではありません。



・・・と、いうようなことを、「新・クルマ批評」本日で満8年、ご挨拶に代えて。



 今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。





2017.5.30 記
前田恵祐

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