「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

三夜連続~1泊2日天草の旅'00 -1話-



2000年秋。1泊2日天草の旅...其の壱

.
天草の海はいい。
広く、大きく、穏やかで美しい海が人々の生活のそばにある。
運がよければすぐそこでイルカに会えるかもしれないよ、といわれた。
時間はゆっくりと流れ空気が澄んでいる。
だから景色が澄んでいる。
景色がハイビジョンである。
そんな風光明媚な場所にも慌しく、滞在時間は3時間であった。



そしてこの旅はあるひとつの勘違いによってもたらされていく。



ヤフオクのアカウントは、とりあえず取ってあった。
しかしネットオークションをあまり信用していなかった10年前の僕は、
このアカウントをほぼ眠らせていた。
いすゞピアッツァに乗っていた、とは書いたことがある。
しかし訳あってこの頃は降りていた。
そんなとき、仲間から「初期型ヤフオクに出物」の報。



それまでは後期型を選んでいた。何台も乗ったのである。
品質も完成度も高い。
しかしこうしてみると初期型には初期型ならではの意志の強さがある。
鋭さとでもいうか、飼いならされていない野性味、でもあろうか。
名機G200W型DOHCエンジンは語り草。
いすゞ伝統のスポーツユニットの最終進化型。
それでもこの当時(平成12年)既に20年モノ。
何より30万円という値段が良かった。
ナンバーは「熊」ナンバー。



出品者にあれこれ質問してみた。
状態はいいらしい。
おじいさんのワンオーナー。走行45000キロ。
整備手帳も取説も。
グレードはXGといってピアッツァ切ってのスポーツグレードらしい。
エックス爺というわけか。
初期型、名機DOHC、稀少グレード、格安、そして「熊」ナンバー。



熊谷に行くには今なら湘南新宿ラインで一本。当時なら高崎線である。
1日もあれば取りに行くことはワケもない。
何の迷いもなく入札し、そして落札とあいなった。
いざメールで取引のやりとり。
こちらからのメールに住所を載せて身元を明かすのは落札者の礼儀である。
するとどうも様子がおかしい。
出品者からの返信はこうだ。



「飛行機の手配をしなくてはいけませんね」
「泊まる場所も必要ですね」



は?埼玉ですよね?






「いいえ・・・」






「ってことは・・・」






「ええ・・・」






熊本です熊本の天草・・・






「・・・」






勿体ぶりすぎである。
しかし笑うに笑えない。
開いた口がふさがらないとはこのこと。
「熊」は「熊本」であり「熊谷」ではなかった。
ただ、本心を言えば、落札したからには責任がある。
というより、大好きなピアッツァに復帰できる、せっかくの好機。
しかも稀少初期型スポーツグレードのしかもMT車だ。
これは逃せないのである。
議論の余地はない。腹を決め休暇を申請。
しかしシブチンな上司は文字通りしぶしぶ、僕に2日間という休暇を与えてくれた。






たったの、二日。






羽田朝一番の福岡便に飛び乗って、
福岡でこれまた時間ギリギリ、出発を待たせつつの乗り継ぎは天草エアライン。
天草という地名は知っていたが、こんなに遠い場所とは知らなかった。
国内で飛行機乗り継ぎなんてよっぽどだ。
しかしモンクを言っている暇はない。
福岡空港の地上係員のお姉さんも息せき切って僕を案内してくれた。
マイクロバスのような飛行機で東シナ海を目指す。
眼下の海は輝きその中に島々が点在する。






天草に降り立ってみればなんと穏やかで優しい野生の風。
九州はこれだからいい。
出品者が空港に迎えに来てくれていた。
天草空港から暫し走り、天草の市街地へ。
紺碧の海は地中海のよう。
吸い込まれそうなほど透き通っている。水も、空気も、人も。





そして対面のときが訪れようとしていた。

















前田恵祐


.

拍手[0回]