「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

三夜連続~1泊2日天草の旅'00 -最終話-



2000年秋。1泊2日天草の旅...其の参


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山陽道っていつもガラガラ。
クルマで九州、中国地方は初めてではなかったが、いつも空いている。
そしてトンネルと山々の連続。
だから非常に退屈。
ピアッツァのカセットデッキがイカれているのが恨めしくなった。





DOHCツインカムエンジンは135馬力グロス表示。
天草を出発した当初はまだカタさがあって、
低速トルクも高速域の伸びもまったく鈍かったが、
山陽道を走っているうちに、にわかにエンジン活気付き、
そして5速3000rpm前後を行き来して心地よいサウンドとレスポンスを
発揮するようになった。
いわゆるアタリがつきはじめた、というやつだった。
山陽道はまさしく慣らし運転そのものだったわけだ。





時間は昼12時。まだ昼食はとっていない。
止まっている間も惜しい。
携帯が鳴る。





「いまドコあたりにおるんや」





オルンヤもあったもんか。こちとらまだ広島である。





「オコノミ食うてきたらシバくぞ」





向こうは山盛りのたこ焼きを用意して待っているらしい。
しかしボクが到着する頃にはきっと冷めきってカタくなっているに違いない。
ま、もっともこの頃には山陽道の退屈と疲労とが重なり、
もう安全にたどり着ければどうでもいいや、というモードであったから、
いかに大阪弁でドヤされても焦らない自信はあった。妙な自信だ。





山陽道を走るといつも雨に降られる。
このときも同じだった。
ピアッツァのワンアームワイパーも忙しく雨を右に左にとさばいていく。
エンジン音はさらに力強くなり、
まさにスポーツユニットそのものといえるくらい活気のある印象に変化した。
まるで生き物のように。





西宮名塩SAは午後5時前。
この日の目的地はあくまでも横浜であり、高槻は立ち寄り先。
そろそろ山陽・中国道マラソンにも疲れた。
メシにもありつきたい。
しかし、ここはジャンボフランクも我慢して燃料をつぎ先を急ぐ。
関西弁には馴染めない。
そこら中の人間がヤクザか芸人のどちらかにしか見えない。





「熊」ナンバーのピアッツァ、夕方の名神の混雑かき分け高槻到着、結局夕食時。
そういえばこの日は日本赤軍の誰ソレが高槻で捕まった日である。
フランス国旗たなびくレストランのその駐車場にピアッツァ2台。
両方初期型。
赤いフルオリジナルと、ちょっとイジってある・・・
そしてこの数年後、ボクとボクのピアッツァに絡んで数奇な運命を辿るえび茶色。
じつはこちらとも初対面。
初対面なのに臆することなく飛び込めるのが凄い。
インターネットのチカラだった。





たこ焼きは冷めていた。でも、貪り食った。ハラが減っていたんである。





そして、フルオリジナルの赤いXEに試乗させてもらう。
12万キロ、でもめちゃめちゃ程度がいい。
そしてボクのXGはガミガミうるさいのに、とても静か。
これは年式とグレード、仕様の違いからくるらしい。
同じ型式のクルマなのにこうも違うとは。
しかしピアッツァとはそういうクルマ。
年式により細かく仕様が変わり、様々なバリエーションやチューニングが存在する。
そのことが個々の希少性をさらに高め、そしてファンの心をつかむのである。




もう、大阪ではナニを話したか、まったく覚えていない。
少なくとも、ヘトヘトに疲れた僕には、
異様に場違いなレストランだったことだけは確かだった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
高槻出発22時。





長距離トラックの車群に身を潜めるように行く。
東名に入るとさらに混雑した。
夜中の混雑。
これは労働環境としたらあまり好ましくはないな。
しかし富士川手前からの夜景はいつ見てもすばらしい。
無数の星屑の中に吸い込まれていくかのような美しい錯覚。
飛ばせない環境であったがために、この最終区間の燃費は12km/L。
給油はツーストップだったが、西宮名塩から横浜までが最良だった。
やはり走りこむごとに調子が良くなって来たというのは気のせいではなかったのだろう。





そして横浜に到着した僕とピアッツァ。





時刻は深夜3時すぎ。
ひとつの旅を終えた高揚感と充実感と、無限大の疲労感で、なかなか寝付けなかった。
もうしばらくは山陽道はいい、という気分でもあった。
それでも翌朝は仕事だったんである。
しかしまったく手につかなかった。





20年ものの中古車だけに、やることはある。
天井を直さねばならんし、ホイールの腐りも修復したい。
エンジンももう少し調子よくなりそうだが、
でもその前にマフラーがグサグサいっているからなぁ・・・
・・・とかなんとか。
その後全部やったんだけど。紆余曲折付きでね。






僕はこの個体と数年を共にするのだけれど、
直したり壊れたり、手伝ってもらったり手伝ったり・・・
なんだかとてもスローライフだったな、と今に思う。
この旅の始まりからしてドタバタではあったが、
良い人に出会ったり、見守られたり助けられたり、冷やかされたり(8割)しながら、
なんだかんだで人とタイミングと運(いろんな意味で)に恵まれ、守られてさえいた。
ピアッツァ、その名のごとく広場のように人が集まる。
居住性も快適だが、一緒にいて居心地が快適なクルマ。





それは天草の爽やかな風と過ごす心地よさのような時間だった。





おわり。









前田恵祐


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