「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

【書評】F1ビジネス戦記 野口義修(著)


フルタイトル:F1ビジネス戦記 ホンダ「最強」時代の真実 野口義修(著)


 F1を技術の側面でしか捉えることができていなかったことを痛感する。これまで、メディアもまた視聴者読者たる我々もホンダの「技術」や「戦績」、あるいは「情熱」といった切り口でしか捉えることがなかったが、タイトルにたがわず「ビジネス」の観点から、改めて当時のF1を冷徹に、かつ、瑞々しく、清々しくもある素晴らしい著者の記憶とともに述懐されている良書である。


 野口さんの記憶で鮮烈なのは、セナが亡くなった時の「ホンダ」としてのメディア対応。野口さんは実際にテレビカメラの前で強い悔しさを滲ませながらセナを失った喪失感を、躊躇うことなく口にし、表情を歪ませた。


「俺たちだったら・・・こんなふうにはさせなかったよ、絶対に」


 また、前年セナを招致し自らの番組でレーシングカートで対決をした石橋貴明氏。結果、セナに勝った(?)ことで彼がセナから取り付けた約束のプレゼント、93年鈴鹿で実際にセナが着用したヘルメットはセナが亡くなった直後にホンダへ届けられた。それを石橋貴明氏に手渡したのも野口さんだったと記憶している。


「ほら、約束のプレゼントだよ・・・って(書いてあるよ)」


注:実際には野口さんがホンダの代表としてセナの墓参りに出向いた際、従兄弟からヘルメットを預かり、日テレの石橋氏の元へ届けた、というのが真相だそうです(ご本人コメントより)


 これらの時、彼はすでに業務を離れていたはずだ。しかしこのような「残務処理」が訪れるとは、きっと想像だにしなかったことだろう。彼の発する言葉は、この時のみならず、テレビカメラを通じても飾り気のない、そして活力のある言葉であり、人間としての生命感に溢れる立ち居振る舞いを印象づけた。


 一方で本書から強く感じるのは、働き盛りだった30歳代から40歳代をF1とともに過ごされた、という事実のみならず、野口さんのビジネスマンとしての感覚の鋭さや明晰な判断、あるいは決断の速さや確かさ、それらをもって「当時のホンダF1は動いていたのだ」ということ。もちろん彼一人の尽力だけではないだろうが、ホンダF1における頭脳中枢として、彼のビジネスマンとしての、あらゆる意味での「センスの良さ」が、様々なチャレンジを好結果にたどり着かせ、F1ビジネスを十全に運営し、戦い、そして見事に終結させていたということは間違いない。


 時折テレビカメラの前で見せるにこやかな姿、物腰の柔らかさ、そしてホンダマンとしての内に秘めた「熱さ」のようなもの、そして本書から伝わるビジネスマンとしての優れた手腕。それらすべてが野口さんという人物の根拠であり、また彼という魅力的な人物が存在したことによって日本におけるF1文化が開花したと申し上げても過言ではないことを再認識した。あの頃、人々がF1やホンダに強く共鳴していったというストーリーのシナリオを、今改めて「辿る」ことができたような気がする。


 優れた成果や結果の裏に、優れた人物あり。


 エストリルの天ぷらパーディーで白い歯を見せながら談笑していたのは、ただの人ではなかったのだ。彼こそが、「張本人」であり、彼もまた一時代を築き上げた「千両役者」の一人に数えるべき人物なのである。










前田恵祐
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