「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。

【DVD】海峡/東宝1982



 僕はこの映画を昭和57年の公開当時、祖父に連れられ8歳で見ている。僕の祖父は鉄道というものに特別な想いを抱いているようだった。山形出身で若き日に萬世大路を歩いて越え上京した彼にとって、昭和の高度成長とともに鉄路が拡大され、それが決してひとかたならぬ難工事や人的苦難とともに達成された背景に思いを致す、そんなところがあったと思う。僕にとっての鉄道と、それに目を遣る思いの根底には祖父の姿があるといっていい。


 この映画を映画館で見たとき、むろん僕はまだ子供で、その当時は青函トンネルというモノがまだ実態として浮かび上がっていなかった。昭和63年の共用開始の時に、「ああ、あの時の・・・」という思い出し方をした程度だった。


 しかし青函連絡船における不幸な海難事故というものがあり、海峡にトンネルを掘って鉄道を通すという機運が高まった。闇を見通すような難工事とそれに伴う数々の犠牲。それがやがて、映画の中の台詞にも出てくるとおり「このトンネルに新幹線を走らせる」という「夢のような」計画に飛躍していく。


 北海道新幹線がトンネル内で140キロメートルに規制されているとか、北海道側の発着駅とその周辺利便の整備が行き届いていないとか、この映画を見るともはやそんなことはどうでもよくなる。本州と北海道に「風が」抜け、鉄路が結ばれたという事実以上に祝福すべき点というものがあるのだろうか。


 (高倉)ケンさんの芝居にも、僕はつい最近までまったく着目することはなかったが、彼の声無き芝居と無類のロマンチシズムには心打たれないではいられなかった。この映画、そもそもセリフが少ない。少ない上に、編集がぶった切りという感じで、現代人の作る映像作品に比べるとじつにブッキラボウだ。しかし、ケンさんの声無き芝居の世界、また過度に「説明的でない」編集構成が見せる、視聴者の「想像力」をひどく刺激する強烈なメッセージ性の高さは見事という他ない。


 ケンさんの、無言のうちに紡ぎ出される「情熱」と、そんな彼に密かな想いを寄せる薄幸の女性役、吉永小百合さんの声なき掛け合い、声なき情感の応酬は、今の映像制作者、あるいは演者には表現できない領域だ。


 今の映画、TVドラマはセリフが多い。やたらと説明的で視聴者に情感で伝える、あるいは視聴者がその情感を「受信」する、という、人間ならではの「豊かさ」を失っている作品ばかりのように思う。これは、説明しなければわからない、言われなければ気が付けない、あるいは、目に見える、カタチに残るものしか信じようとしない、そんな、現代人を象徴するような顕在であり傾向とは言えないだろうか。











2017.3.30
前田恵祐

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