「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

悪魔の頬擦り


牙を剥いた。
まさにこの表現に尽きると思った。
人は地球の上に生かされ、大宇宙の中のたかだか塵のひとつにもならない。
生活や文化や、文明を営み、発展、成長し、希望を持ち、日々を生きている。
しかしそんなちっぽけな人間の営みさえ大津波が一瞬に飲み込んだ。
命からがら避難した人は息を切らし呆然と瓦礫の山をみつめるだけだった。
牙を剥いた自然を前に、人間はなす術がない。
報道特番で延々流される映像を前に僕は言葉もなかった。


東日本大震災、大地震、正式な名称は確認できていない。
地元横浜も揺れた。
震度5弱だったと聞いているが、これは僕にとって生涯最大震度だった。
我が家の被災区域は寝床の平積み書籍崩落と、
乾かし中、日産レパードのプラモデルのボデーが棚から落ちて、
ちょっと塗装がハゲたこと。でも筆塗り黒の指定箇所。
水も電気もガスも、すべて正常。
その後、余震に緊張しながら、しかしカップやきそばをすすりながら、
動揺する大ベテラン安藤優子キャスターが報じる惨状を傍観できた。
しかし見れば見るほど、情報が入れば入るほど、
どれだけ自分が「守られていた」かがひしひしとわかった。
悪魔の頬擦りを受けた思いだった。


そんな大自然、大地球で生きる。あるいは生かされている。
そう考えたときに、僕はこうした災害を「戒め」なのではないかと思う。
人間は自分の命の終わりさえ、「原則として」自分では決められない。
日本は地震国であるにもかかわらず、
それを省みずあらゆるものを建造しすぎているのではないか。
こうした地震が首都直下において発生したら・・・
今回のような帰宅困難どころの騒ぎでは済まない。
地方の小規模自治体でさえ機能しなくなってしまったのだから、
首都直下となった場合、国家の存亡ということにまで波及することになる。


これは個人的な考え方だが、
我々はもっと「建て直し容易」な社会構造を目指すべきではないか。
自然災害によってこうしていとも簡単に生活は破壊される。
ならば簡単に建て直しの出来る、それは多少なりとも不便であっても、
そうした社会、インフラ、生活レベルを保っておいて、
いつ何が襲い掛かってきてもいいように準備をしておく、
万が一破壊されてもそこからの建て直しを考慮した構造を持っていれば、
復興も比較的容易に出来る。


人々が災害を恐れるのは「破壊」があるからだ。
ならば破壊されて困るものを持たなければいい。
いろいろなものを立派に、大掛かりにして、
それを保有し運用することである種の優越感を持てるかもしれない。
しかし、少なくとも地震大国日本という国にあっては、
そうした考え方を持つことは、御幣を恐れずにいうなら、
「許されない」のではないか。


そんなことを言っても、
自分が命を落としてしまえば何の意味もない。
僕は今回、生かされた。
そう思うことにしたい。
復興だけではない、復興と成長をもって被災犠牲者に報いる。
それしかないと、今は思っている。








前田恵祐


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