「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

手垢と思考停止



 世の中で生きていると、たとえば一つの事柄を処理する方法にも既出の手段があって、それを用いれば難なく目的は達成できるという実績まで付随していたりすると、もう選択の余地はなくなってしまったりする。人はそれを合理的というかもしれない。しかし私はそれを思考停止、と言い換えるかもしれない。少なくとも既出の手段に対しても検証は必要だと思う。できるだけメリットとデメリットを掘り起こした上でその手段を選択したい、と、私なんかは思うタイプだ。


 たとえばこのたびのマクドナルド異物混入問題。問題の根底には品質低下がある。ここでいう品質とは品物本体の質というより人間の質の話であって、やはりシステム化され思考が停止してしまったがために起こったエラーだったと私は思う。だがそれよりさらに問題なのはこのニュースの取り上げられ方のほうだ。ある媒体ではマック上層部の「謝罪会見」を論っていた。謝り方が成っていない、しどろもどろで心が入っていない、と。


 媒体の役割として、目の前にある事実を伝えるという定常的なタスクはあるにせよ、あまりにも検証の浅い、しかもヒステリックな報道だと感じていささかその報道に腹が立った。本来なら、ではその謝り方になってしまった真相はどこにあるのか、あるいはどのようにすればマクドナルドの信頼は回復するのか、といった掘り下げがなければ、書き手としてカネを取ってはならないと私は思う。


 誤解を恐れずに言えば、こうした底の浅い報道というのは、我々は日々目にしている。きわめて手垢のついた手段で物事を伝えていると思うし、しかもそれは読者や視聴者をさらにヒステリックにしかさせないという目的しか達成されていない。


 人々をヒステリックにすることが、現代におけるすなわちマスコミの役割、に成り下がっていることに気がつかなければならない。ヒステリを引き起こさせることでマスコミは我が身に意識を向けさせ視聴率やその他注目率のようなものを稼いでいるだけでしかない。マスコミに同調してマックを糾弾することの「底の浅さ」に目を覚まさなければならない。思考停止に陥っているマスコミをこちら側が検証するくらいの気持ちでいなければならない。


 でなければ、日本人の「一億総思考停止病」は直らないから。


 マックの混入問題もしかり、それを報じるマスコミもしかり、あるいはそれを受ける視聴者読み手もしかり、どっちもどっちというくらいに思考停止が万延していることを一連の騒動、報道から透けて見える気がする。しかも、数日もすればもう誰もが忘れ去ってしまう。その後、その問題はどのような対策の手段を用いて改善されていったのか、誰がどのように責任を取ったのか、取らなかったのか、という追跡取材というものが皆無だ。


 思うに、報道機関が乱立しすぎているのではないか。たとえば放送局によって役割を振り分けてはどうか。獲って出しのスクープはこの局、掘り下げ分析はこの局、追跡検証はこの局、という具合に。皆が皆、同じようなソースから同じような情報を加工して垂れ流してハイおしまい、という現状に誰も疑問を抱かないというのはおかしい。手垢のついた従前の踏襲で茶を濁すという方式を改めなければ、この国の根本的な問題は解決しない、そんな気がしているのだがいかがだろう。





前田恵祐
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