「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

どこまで御人好しなんだ



 VWスキャンダルが広がりを見せている。VWだけでなくアウディやポルシェの一部、またVWのディーゼル車以外にも該当のプログラムが組み込まれているという話まで出てきている。ま、私がこう言っても今さらだが、最初に明るみに出たあのエンジン一種類だけではないだろうなという感覚では見ていた。こうなるとVW車をどこまで信用していいのか、本当にわからなくなってしまった。


 自動車ライターの端くれとして少なからずVWのクルマに触れてきたしVWを薦めても来た。そして私のアドバイスでVWを買った人もいる。率直言ってそういう人に申し訳が立たない。言い訳がましく言わせていただけるなら、試乗や取材時にこうした不正は見抜くことはできない。測定機器を持っているわけじゃないし、そもそもこういうこと(不正)が行われているという前提で取材などしていなかった。そういう目を持っていなかった。本当に自動車ライターは無力だと思った。


 そう思わせるのは、やはり自動車ライターという仕事が、メーカーに拠って立っているという認識が私の中にあるからに他ならない。私はメーカーからはカネをもらわないし、提灯記事も書かないが、しかし自動車メーカーが、たとえば試乗車を出してくれなければ成り立たない仕事であるし、私のような存在を容認してくれている、という認識もある。自動車メーカーの意向一つで私なんぞはいかようにでもなってしまう弱小な存在であり、自動車メーカーをそれくらい「脅威」に、私は感じているという証左ともいえる。


 ま、脅威であればこそ戦うという闘志のようなものも反面あるのだけれど、でもメーカーの手のひらの上、それが今の自動車ライター、ジャーナリストの、しょせん現状なんじゃないだろうか。


 とはいえ、VWはとにもかくにも、人としてやってはならないコト、入ってはいけない領域に足を踏み込んだことは事実だ。そのことはライターとかジャーナリストとか言う前に、人として信頼を裏切られたことに立腹し、声を上げるべきで、それはVW車に乗るユーザーならなおのことその権利があるのではないだろうか。


 しかし、SNSなどで見てみるとどうも生ぬるい。


「VW車に20年以上乗ってきました。また信頼できるVWが復活することを祈っています」


・・・とか、


「何があったってゴキゲンワーゲンには変わりありません!がんばってください」


・・・というものまで。


 どこまでキミたちは御人好しなんだと思う。不買運動や抗議活動が起こっても不思議はないと私は思っていたが、なんと日本人VWユーザーの「おやさしい」ことよ。じつにもって嘆かわしい。


 日本法人もどうにも生ぬるい説明しかしていないし、そのことに疑問を抱いているという書き込みは見られない。なぜ日本人はこうした不正やもっというなら犯罪、また理解しがたい対応をおかしいと思わないのか。突っ込みどころ満載の現在のVWにどうして突っ込みを入れないのか。そしてどうして、怒らないのか。インチキをインチキと、なぜ指摘できないのか。「がんばってくださね」などとホノボノムードで生ぬるい書き込みなど行っている場合ではない。


 個人的に、日本法人のリリースは単に事態の早期収拾を図ることにしか目的が置かれていないようにしか感じられない。そうではないでしょう。しかしユーザーも説明を求めないから日本法人やメーカーもきちんと説明しない。本当に生ぬるい。このままじゃまったくもってお互いのためになりませんぜ。


 サイレントマジョリティという言葉があるけれど、もしかすると本当に怒っている人は大勢いて、その人たちは「黙っている」だけなのかもしれない。それが日本社会、日本人の人種というものだといわれたらそうなのかもしれないが、こういうときにユーザーこそがきっぱりと悪を否定するという態度をとらないと、こうした不正やゴマカシ、インチキのようなものはいくらでも横行する隙間を与えているようなものではないか。


 私は、言える範囲で言わせてもらったし、ユーザーのだらしなさも指摘させてもらった。これはメーカーや日本法人それ単体の問題ではないと激しく思う。世の中全体の生ぬるさと、その中で横行する不正やゴマカシ、インチキを容認、あるいはそのことに気がつけない一般大衆の意気地の無さを私は今指摘しなければならないと思う。


 今こそ、立ち上がらなければならないのではないか。



2015.11.5
前田恵祐




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