「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

ジャニーズ、イッツ・ア・スモールワールド



 2016年1月18日の生放送を持ってSMAPはファン向けに一連の騒動を謝罪し、これからは前を向いて笑顔を届けていく旨のメッセージを表明した。SMAPが空中分解する、解散する、辞める、そんなことは私にとってはどうでもいいことでしかないが、しかし世間をここまで騒がせたSMAPというグループの影響力というのは大きい。それだけ茶の間で親しまれている中年男五人組ということなのであろう。


 今回の騒動、しかしどう考えても普通じゃない。いくつかの観点からこの騒動を考えた。芸能界というのは特殊な業界ではあるが、同時に狭く小さな芝居小屋のようなものでもある。閉塞した価値観、小さな世界観、視野の狭窄、思考停止・・・あらゆる要素が見え隠れする。


 今回のSMAP騒動、ことの発端はSMAP担当マネージャーとジャニーズ側との不和にあるといわれている。権力争いだとか後継者問題など、高齢化の進むジャニーズ(幹部は80歳代の高齢)にあって次世代のジャニーズを誰が牽引するのか、切り盛りするのかという問題はおそらく喫緊の課題なのだろう。それを認識するがゆえに権力争いが勃発する。どの世界でも同じ構図だ。次世代と目される世代の人間に、従前のジャニーズ事務所と同じかそれ以上の力と人気を維持できるかどうか、そのポテンシャルがあるのかどうかは別として、それが今回のような内紛に至ってしまうところに拙さがある。今現時点でもっとも権力のある人間が後継者を指名すればそれで済む話だし、それができないのは、老害以外の何者でもない。


 そうしてマネージャーはやがて独立を決意し、そのマネージャーに恩義を感じているSMAPの四名が同調し退社の意向を表明した、という時点でこの問題は明るみに出た。しかしそんな行動を取っていったいどうなるのか。これまでのジャニーズや芸能界の歴史から見て、こうした分裂や仁義を通さない行動を取ったときに、業界でその後どんな扱いを受けるのかを、彼ら四名が知らなかったわけではないだろう。あるいは、そこに思考が及ばないくらい冷静でなかったということは考えられると思う。芸能人とはいえ組織や企業の属する社会人であり、その言動、立ち居振る舞いには責任というものが伴う。自らがどう立ち回るか、あるいは、自らの立ち回りによりどのような影響が及び、自らにどのような責任が降りかかってくるのか、ということを想像もできなかった、あるいは、「素直に」ジャニーズから独立してうまくやれると思い込んでいたのだとしたらそいつはとんだ世間知らずだ。


 その点、一人冷静だったのは木村拓哉だった。彼は独立することのリスクや、社内や業界における仁義や掟をよく理解していて、今はジャニーズに留まることがベストであると判断した。何をしたって結局はこうなる、彼はこう言いたいようにも見えた。木村の優れているところは、この狭い世界にいながら視野を狭めることなく、より広い世界、社会、世間というものによくコミットしていて関心や深い関わりを絶やさなかったというところにある。だからこそ、今回のようなトラブルが起きたときに自らの置かれている位置を素早く「測位」し、つとに冷静な身のこなしで立ち回ることを可能とさせていた。ここが他の四名と大きく異なる彼特有の「資質」であるといっていいだろう。タレントや俳優というのは、役柄という仮の姿で社会人を演ずるが、彼の場合ただその衣を着るだけではなく、その役柄の背景や社会的地位や意義に至るまでよく目を凝らしている。俳優というバーチャルな体験ではあるものの、彼はちゃんとした社会経験を重ねているということを、彼の俳優としての仕事ぶりからも推し量ることができる。


 恥ずべき内紛というトラブルが明るみに出るというだけで、企業体としては落第といっていいだろう。しかしもみ消しはしなかった。もしかすると明るみに出すことで、問題の解決を世間に委ねようという考えが働いたのではないかとも、個人的には思う。後継者問題だとか、老人が立腹して手の着けようがないという事態にあっては、世間から、外部の人間から冷や水でも浴びせかけられなければ我に返れないようなところもあるだろう。本来なら自ら、あるいは社内の自浄作用で解決できるのが健全だが、それができなかったのがジャニーズであり、芸能界という「小さな世界」だったのだろう。


 だからこそ私はそんな連中のことにいちいち振り回され、一喜一憂を共にするのは馬鹿馬鹿しいと思う。二転三転する報道に気を揉ませる、そして結局「ゴメンナサイ」をして幕引き・・・これを茶番といわずに何を言えばいいのだろうか。プロ意識のかけらもない、常に感情的で成熟しない精神で彼らは活動している、経営者もタレントもだ。それはきちんとした指導者がいなかったこと、模範となる先達がいないこと、あるいはそうした存在を正しく尊ぶことができなかったことなどが挙げられると思う。しかし、それでも木村拓哉はちゃんとしていた。言ってみれば「お育ち」の問題ということでもいいのかもしれない。


 グループを辞めるだ辞めないだなどと小さな世界でグルグルとやっているその姿は、まるで高校生の部活の話のようだ。それは始まりから幕引きまで一貫してそのレベルではないか。アラフォーのいいオッサンがこんな拙いことでどうする。彼らが芸能界という場所で、いかに成長できずにここまでやってきてしまったかが浮かび上がって見えてくるようだ。彼らの立ち回りをみて、後輩芸能人が彼らを反面教師としてより成熟した人間に成長してくれることを願ってやまない。そしてそうした人間がタレントとして人気を得ることが、ひいてはこの国の若者の成熟にもなっていくとは思わないか。


 そいつが彼らにできるせめてもの社会貢献というものだろう。





2016.1.19
前田恵祐

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