「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

同乗したくないタイプ


 運転していて"G"に関心をもてない人の運転には同乗したくない。そもそも僕は車酔い体質で三半規管が弱いというのもあるが、Gが突然かかるというのは非常に不愉快なものだ。しかも予測できないGというのがいちばん車酔いにはツラい。運転者は自分で操作するからこの先どんな動きがあってつまりGが発生するかはおおよそ予測できるから不快じゃない。それは僕自身もそうだ。だから誰かを乗せるときはとても気を使う。


 加速G、減速G、旋回G・・・Gにはいろいろある。最近地元のバス会社では走る曲がる止まるのたびに運転手がマイクで知らせるようになった。これは乗員への配慮であり注意喚起だ。乗り物に乗せられる上で予測困難なGというのはつねについて回る不快要素であり危険要素でもある。


 例えばアクセルの踏み方一つで加速Gの立ち上がり方は千差万別だ。クルマによっても、エンジン、トランスミッションの特性によってもこのあたりは異なるし、それはブレーキ、減速Gにおいても同じことが言える。だから初めてのクルマに同乗者を乗せるときというのはけっこう緊張するものだ。どれだけ同乗者の頭を揺らすことを防げるかにはそうとう注意を払う。自分がイヤなことを他人に与えたくはない。そんな単純な意識でも持つのと持たないのとでは雲泥の差が出るはずだ。


 簡単に言えば、「急」のつく操作をしないことに尽きる。安全運転の基本だ。安全運転とは乗員を含む他者への配慮があるのかどうかにかかっているのだと思う。そして僕はそこに自分が操るクルマも含めたい。クルマは色んなものを組み合わせ固定して成り立っている製品だから、動かすことで傷んだり緩んだりする。それを極力抑制しようというのが耐久性というものなのだけれど、物理的に"G"によって力が加わるわけだから走れば走るほど傷んでいくことに違いない。そのとき、強く力を与えるか、それとも優しく・・・言い換えればスムーズに力を与えるかによって傷み方は異なるはずだし、傷みの進行の速度も異なるはずだ。むろん優しくスムーズに走ったほうがいいに決まっている。同乗者に優しい運転とは、同時にクルマに優しい運転でもあるといえる。


 そうしたことをどれだけ意識して乗れるか、走らせられるかが、一般道における運転の上手い下手を左右するということになるだろう。いや、サーキットで限界走行するにしても同じだと思う。限界走行というのは自分を解放する場ではなくて、あくまでもクルマの性能を開放してあげる場、である。荒っぽくねじ伏せているように見えてプロのドライバーはクルマを壊さないし、タイアを減らさない、鳴らさない。頭を使う作業なのだ。


 クルマの運転の上手い下手には、人としてのインテリジェンスが大きくモノを言っているのだと僕は思う。ハンドルを握った時、どれだけ「冷静に緊張できるか」。この一点にかかっている。下手な運転に遭遇すると、「コイツ、馬鹿だな」と心で思って仕舞っておく。だってけっこう運転でお金をとる人=タクシーやバスのドライバーに多いから。そしてそういうドライバーには運賃を投げつけてやりたくなる。





前田恵祐



.

拍手[14回]