「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

あの馬鹿力は日本人そのものだった



Y31シーマに今、想ふ...



 この時代のクルマに不思議と心惹かれる。潤沢な開発費、高い価格設定でもバンバン売れる市況。しかし理由はそれだけだろうか。昭和は繁栄の時代でありながら、その反面「復興」の時代でもあったのだと思う。昭和が始まる前には関東大震災があり、昭和に入ってからは戦争で日本は大きく痛手を被った。



 それまでの日本と日本人は貧しくあり、決して豊かな生活感があったわけではなかった。それが昭和の後期に向かってのあの復興と繁栄があったのは、ひとえに昭和初期の痛手が大きく、国民が多大な反骨精神とエネルギーをもって立ち上がりに当たったからに他ならない。



 昭和後期、例えばY31シーマのようなクルマが輩出された時に、歓喜を持って受け入れたのは、他ならぬ、昭和の復興と繁栄に身を持って携わり、汗水流して苦労をしてきた戦中戦前世代だった。彼らにとって豊かになった日本の姿は、それはまばゆいほどに誇らしいものだったに違いない。無一文から築き上げた富の象徴、そのひとつはクルマだったかもしれない。



「日産も世界に通用するクルマを作るようになったね」シーマを買ったある経営者は述べ、ディーラーマンは感極まった。



 昭和後期とはそういう時代。苦労を共にしてきた者同士が手を取り合い、互いを労いあった。その達成感、充足感が、クルマにまつわるワンシーンを切り取っても熱く伝わってくる。あるいは、それが頂に達した時に初代シーマが産み出されたとも言える。









 日本人はまた、改めて、貧しくなった。これはなかなか受け入れがたいことかもしれないが、厳然とした事実だ。経済恐慌が訪れ、大地震にも見舞われた。今まさに日本はあの時代のように立ち上がり、底力を発揮すべき時に来ている。



 しかし昭和という時代を束ね、国民をあそこまで駆り立てたものとはいったい何だったのだろう。モチベーションの源とは何だったのか。今もって混迷のさ中にある現代日本にとって、昭和に学ぶべきところは、じつは多くあるのではないか、そんな気がしてならない。






前田恵祐


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