「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

92ハンガロリンク


SHOW-YAの「ピースオブマインド」を聴くとナイジェル・マンセルを思い出す。

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1992年ワールドチャンピオンイヤーのウィニングテーマソング。
この年のF1中継にはこの曲が流れまくった。
曲調はロックンロール。
ロックンロールはマンセルの走りそのもの。
しかしところどころに繊細でスムースなパートが同居しており、
そんなところもまたマンセルだった。
豪快にして繊細。パワフルにしてスムース。一筆書きのコーナーリング。
マンセルのドライビングスタイル。




この92年ハンガロリンク。
指定席ポールポジションではなく2番グリッドに就きスタートを待った。
年末恒例F1総集編、故城達也氏のナレーションも冴えている。
「心意気はライオンハート、しかし時としてこの男、ノミの心臓にもなる」
チャンピオンがかかったレースのプレッシャーに負けたか。
レースもどたばた続き。
タイアがスローパンクしていたり、ぶつかりそうになったり、
後ろに下がってくじけそうになったり、でももう一度奮起したり。
結果、3番手スタートのセナに逆転されたが2位を取り返してゴールした。


レース後の会見。


「オレはもうくたびれたから、他のヤツに聞いてくれ」


マンセルは言った。


「僕らは多くの犠牲を払ってチャンピオンを目指す。
        ナイジェルはこの時を長く待ち望んでいた。
                    彼の気持ちはよくわかる・・・」


セナがフォローした。


マンセルとセナの人間関係は決して良好ではなかった。
殴り合いをしたり言い争いも人目をはばからないほどだったと聞いている。
しかし、ときにこうして心のこもった言葉をなげかける。


巻き戻って1991年はスペシャルガソリン全盛。
日進月歩、毎レース改善、進化をとげていく燃料に、
時に燃費計算が合わなくなることもあった。
まして燃費にきついホンダV12のセナは最終ラップで、よく止まった。
マンセル圧勝のシルバーストン。
止まって肩を落とすセナをマンセル見つけ、声をかける。




「オイ、乗ってけよ」


ま、そういったのかどうかはわからないが、そういうふぜい、風景だった。
セナはFW14ルノーのサイドポンツーンに腰かけると、
「動いていいぞ」とマンセルのヘルメットをポンポンと叩いた。
激しく鎬を削るライバル同士。
だが根底には尊重や尊敬が存在していて、


ときにこうして労ったり励ましあったりしながら、
心通わせながらレースを戦っていた。


いい時代のいいドラマを、僕は見せてもらっていたのだなと思い到る。







前田恵祐


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