「新車試乗インプレッション」と「自動車批評」を主とするBLOGですが、ここに記されているレポートは鵜呑みにせず、ご自身で何事も検証してください。自己検証が大事だ、と言い続けたいブログなのです。 キミたちはもっと利口にならなければ、利口になろうと思わなければならない!

若き日の皇帝


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若き日のミハエル・シューマッハ。
デビューレース、91年ベルギーGP。
強力なダウンフォースに火花ほとばしるオールージュ。
イキナリの予選7位にして決勝0周リタイア。
クラッチ壊したの。
F1アマガエル(by古舘語録)時代はこの一戦だけで次のモンツァからはベネトンへ。







そしてこれは電撃移籍後の多分エストリルを行くベネトンB191。
この頃のチームメイトはネルソン・ピケ父。
タイアはピレリ。
そうそう、ナカジマさんとも少しだけ同じレース走ってるんだよね。
表彰台は翌年まで待たねばならなかった。
この年の鈴鹿、予選の130R明けでスピン、大クラッシュしてます。
そういえばミハエルは日本でも走ってましたね、ちょっとだけ。







92年ベルギー。
初優勝に感慨ひとしおの若者とヘトヘトにくたびれたオッサン約二名。
マンセルもパトレーゼも当時たぶん37~8だったはずですが、
圧倒的にオッサンですよね(笑
っていうか、今のオレとそんなにかわらんし。
この頃のマンセルは前年スペインのレース前、
サッカーに熱中しすぎて負った足の怪我が完治しておらず、足引きずってます。
疲れてたわけじゃないかも。







時にこうしてセナさんにオコられ殊勝になったりもし・・・







宿敵デイモンにアタることもシバシバありつつの(笑
この94アデレードは初タイトルの地。でも勝ったのはマンセル。
デイモンとミハエルの一騎打ちに、
「いいか、二人で正々堂々とやるんだ」と、耳打ちした張本人が勝っちゃった。
レース後会見でミハエルがヒルに対する中傷を詫びていたのはいかにも後付けだったけれど、
でもマンセルはその横で深く頷いていた。
含蓄ある頷きね。ウンウンウン...



やっぱり当時のミハエルは速かった。
速いといっても、たとえばライン取りはどちらかというと(個人的には)ニュートラルに見えて、
コース幅を大きく使ってコースの特性を懸命に捉えようとする努力も欠かさなかった。
天才というより、正しいことをまっとうにやっている、という感じを、当時は受けましたよね。
まぁ、荒々しいところもところどころあったにせよ、だ。
なんつったってわたしの社会人デビューとほぼ同時期デビューですからね。
年齢わたしのほうが若いけど。
だから今年また走り始めて、なんか他人事じゃないんですね。
べつにたくさん勝たなくてもいいと思うよ。
遜色なく走っているじゃない。
それでいい。
ベルギーあたりで1回くらい勝てればね・・・



今年ベルギーってあるんだっけか?(笑










前田恵祐


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