静かに、静かに、その足音は聞こえていた。実用的で現実的な電気自動車がやってくる足音である。解決せねばならない様々な課題に取り組み、先陣こそi-MiEVなどに越された感はあるが、あらゆる意味で完成度と現実性の高い日産リーフの登場は確かに歴史に刻まれる瞬間になったはずだ。
■ メーカーから受けた説明
JC08モードでの航続距離は200kmとされている。個人的に一番の心配は実際の航続距離と充電拠点。JC08モードは聞くところによればエアコンOFFでの計測だという。どこかで電池切れになってしまって立ち往生してしまわないか、また、その充電にどれくらい時間がかかるか。
しかしこのあたりはメーカーも充分に心得ていて、クルマ本体が充電スタンドを案内してくれたり、ナビに検索機能が備わっていたり、実際に行動可能範囲を地図で示してくれたりといろいろこのあたりの不安に対する工夫は凝らされている。しかし実際には各家庭に設置した充電器(これも設置業者を紹介してくれる)で充電し、概ね近距離ドライブで主に使用するということを、今のところ想定しているようだ。お昼間使って夜充電、携帯電話のように使ってください、と言っていた。例えば東京→箱根日帰り往復なら、箱根でのお昼ごはんや入浴時にその施設に急速充電器があると便利、ということになる。
普通充電器でも0からの満充電に8時間はかかり、急速を使っても数十分で80%。ま、0からでないことのほうが多いだろうから、そこまでかからないにしても、やはりガソリン給油にかかる時間より長い。充電拠点は普通充電器で日産販売店約2200店、急速充電器では約200店、このほかガソリンスタンド、商業施設などにも設置されており、今後国の政策により全国5000を超える充電スタンドの整備がおこなわれると説明を受けた。
使い方さえ飲み込めば現状でもそれほど不便さはないかもしれない。使い方を飲み込む、というワンクッションの作業も、新しい商品を購入する楽しみの一つではないだろうか。
■ 筆者の視点
確かにクルマの走行自体はゼロエミッションかもしれないが、そのための電気を発電する方法にも目を向けたい。筆者が調べた限りではまだ火力発電への依存率が小さくはない。ということは、このクルマを動かすための電力を得るために、まだ石炭やガスや石油を燃やして温室効果ガスを排出しているという事実も忘れてはならないはずで、今、いっぺんに車が電気にシフトしてしまうわけにもいかないだろう。
クルマ単体で効率のよいエンジンを用いて「発電」する方法もあるだろうし、内燃機関オンリーでも極力排ガスを綺麗に、燃費を良く、という改善も同時進行でいかないと全体的な効果は上がらないのではないか。そうした意味で、解決が早いに越したことはないがやはり長い目で見ていかなければならない問題であり、電気自動車が全てを解決してくれるわけではない。電気自動車は数あるエコカー中の一種類に過ぎないと認識するのがよいのではないだろうか。
また、このクルマにかかる電気代はいくらくらいなのか。試算はいちおう発表されていておおよそガソリン車の1/8程度とのことだが、これはもう少しはっきりとうたった方がいいと思う。電気代単独でも大幅に経済的なのだから。加えて、自宅や日産ディーラー以外の充電施設で充電をした際にどれくらいの料金を徴収されるのかもはっきりさせたほうがいい。
さて、もろもろの理屈はともかくとし、いつものフォーマットで書き進めてみます。
■ エクステリア
あえてこの常識的で馴染みやすいところを選んだのだろう。個人的にはもっと新しい世代の自動車を体いっぱいに表現してほしかった。
ポヨンッとしていてちょっと眠い。
処理、フィニッシュやラインは綺麗。
■ 視界・扱いやすさ
車体のサイズはちょっと大きくなったティーダ。着座位置は少し高めで見渡せる視界がいい。メーターパネルはメイン部分に充電状態などをまとめてあり、スピードメーターはインサイトのようにメーターバイザー上に据えられている。走り出すにはフロアコンソール上のマウス状のコマンダーをクリクリと動かすが、これも軽快でイージー。ただ、ECOモードへの操作は→↓と2アクション(Dモードと同じ操作を繰り返す)せねばならないが、これは1アクション、別ボタンやステアリングスイッチで簡単に選択できるとよりよい。なぜならこのECOモードにすると回生が強くなり、つまりエンジンブレーキが強くなる。咄嗟の操作に対応しやすい方がいい。
■ インテリア・ラゲッジ
前席の坐り心地は昨今の日産の他の乗用車にも共通したルノーを思わせるソフトで快適なもの。座面のストロークと腰の押さえのバランスがいい。インテリアカラーは今のところこのエアリーグレーのみ。
但し、床下にバッテリーを収めているせいか、シートの高さ調整はよくあるラチェット式でなく、前端を軸として座面の後ろ側のみがせり上がるタイプ。背もたれは動かない。このあたりはスペースやコストの都合と思われる。
後席座面下にはやはり縦置きされたバッテリーが鎮座している。そのおかげか着座位置が前席より一段高く、見晴らし良好。それでいてクッションのストロークも充分でこのあたり抜かりはない。画像の黒いバッグは充電ケーブル。後席中央も3点式シートベルト。
やはりというべきか、床下に敷き詰めたバッテリーにスペースを食われ、後席乗員がつま先を入れる前席座面と床面の空間が狭い。
後席との敷居部分には充電ユニットが置かれているとのこと。ま、このあたりはそのうちより小型化されて使いやすく、たとえばフラットなスペースを得ることも出来るようになるのだろう。手前の方は深く掘られていてこれはこれで上手く稼いでいる。
■ エンジン(ん?)・トランスミッション
電動であっても、エンジンとは(動力装置)と拡大解釈。モーターのパワーをデファレンシャルで二分して左右前輪に伝える。このほうが今のところインホイール式より応用性が高い。
静かに、粛々と、シームレスに、スムーズに行くのは、実は昨年体験したi-MiEVと同じ。こちらのほうが重量がかさむせいか、発進時の力感はi-MiEVのほうがあったような気がするが、といってまったくもって充分なパワー。2リッター車くらいの発進加速。追浜グランドライブにはかなりきつい勾配やカーブも設定されているのだが、登りでももたつくことは無くいたって自然に速度を維持し、軽々加速もする。直線では100km/hまでのフルスロットルが許可されたが、まるで磁石に吸い寄せられるかのような力強さとシルクのような滑らかさを伴ったその動作は、やはり電気自動車ならではで、見事な”フィーリング”。じつに気持ちがいい。
これはヒーター用のクーラント。パワーユニット用の冷却系統はまた別にある。
長い下り勾配は試せなかったが、上述のとおり、エンブレにはECOモードの利用となる。例えばの話し、より緻密にコントロール、プログラミングできるようになったとして、電車のように勾配時に一定速を維持できる抑速ブレーキ機能を持たせたり(クルーズコントロールとは別に)もできるのかな、などとやや鉄分を含む筆者(=ちょっと鉄道好き)は思うわけである。
■ 足廻り
バッテリーを床下の低い位置に配置し重心を下げ、同時にモーター、インバータの重量はガソリンエンジンより大幅に軽いから回転マスも小さく運動性が高いと説明を受けた。ただしスポーツカーではないのでその効果をダイレクトに享受できるというほどのものではなく、例えばブレーキをダブらせながらのコーナーリングでノーズが普通より少し素直だったり、コーナーリング中に路面の起伏に煽られても揺さぶられ感が少なかったりという程度。これも公道のあらゆるシーンを走らないと(テストコースでは)わからない部分。回生ブレーキを効かせつつ一般的なディスクブレーキをもつブレーキペダルの踏み応えも自然。
乗り心地や騒音、バイブレーションの処理はごく普通。普通にロードノイズは進入するし、荒れた路面ではブルブルと振動もする。うるさいわけではない。このへんはあまり頑張りすぎると重量増になるから難しいところだ。プリウスやSAIが必ずしもこの点で優秀ではないことと同じである。そう考えると直接比較すべきではないが、i-MiEVのしなやかさが俄然光る。目をつむればあのクルマは高級車だから。
■ 結論
電気自動車に対して人々が不安に思うことがらを丁寧に、できる範囲でクリアにして、クルマ本体は従来のガソリンエンジン車やハイブリッド車からの乗り換えでもまったく違和感のないように仕立てられている。デザインは少し保守的かなという気もするが、メカニズム的にはこのクルマに用いられた補機類は既存のクルマにも転用できそうな部分もありそうだし、あらゆる意味で現実的で堅実に作られていると感じた。
お値段的にも補助金を含めて本体価格は300万円を切っている。例えばプリウスの高いグレードやSAIあたりを考えている人がこのクルマを視野に入れることは充分にありうると思う。確かに、充電施設を自宅に備えておかなければならなかったりと、面倒なところもあるにはあるが、そうしたことはこれからどんどんインフラが整って、不便さは改善されていくはずだ。まだ出たての分野である電気自動車。何事にも最初というものはある。であればこそこれから我々がじっくり育てていかなければならない商品でもあると思う。
とはいえ、クルマが電気になったからといって全てが解決するわけではない。上述のとおり発電段階でモノを燃やしている以上、完全なゼロエミッションにはならないということを忘れてはならない。コトはクルマ一台で済む話ではなく、地球レベルの問題なのだから。