【書評】世界一の考え方 森脇基恭(著) 未分類1 2015年08月14日 F1の中継映像で長年レース解説をしている森脇さん。実況アナの問いかけに・・・ 「そぉうですね、アロンソのタイヤは・・・」 といった優しい口調で丁寧に説明をしてくださる。これはフジテレビでF1中継を開始したころからずっと変わらない光景であり、F1という究極の世界、また究極の技術を我々視聴者にわかり易い言葉で「降ろして」来てくださっているということだと僕は認識する。 その反面で森脇さんは、ホンダを三年で退社し、強い信念のもとイギリスに単身渡り、レースの本場でエンジニア、設計者として自らをストイックに「鍛え」続けてこられた、その結果として得られたノウハウや処世術、コミュニケーションスキルなどがこの本にはぎっしりと詰め込まれている。F1を捉える上で、やはり戦績や情熱、技術の高さばかりがもてはやされることが多かった中、F1から得た人として生きる術を紹介しているこの本のような例は極めて珍しく、また、それができるような、受け入れられるような時代に立ち至っていることを改めて強く認識する。日本におけるF1はそこまで成熟した。 僕は他者とのコミュニケーションの上で「相手との相違差分を認識せよ」という言葉をよく使う。この本の中にも、森脇さんがイギリス時代にコミュニケーションや、それ以前に人種としての文化の違いにたいへん苦労されたなかで、相手を尊重し、その上で自分の認識や見解、また信念も曲げて行かないといった内容の記述があり、この点において、森脇さんは世界スケール、僕はこの日本のドメスティックな社会でそれを体得したものではあるけれど、非常につよく共感できた。それができるとお互いにハッピーなのだ。たとえ最後にすれ違ったとしても。 さらに重要なのは、現代人がどこか惰性で生き、自分ではない何かに依存し、主体性を持てないなかでもがき苦しんでいる事への強いメッセージがあることだ。F1というすべてが究極、すべてが限界で戦われるなかで磨かれた感性や理念、また、目的意識を持ち自らを限界まで追い詰めることで得られる「境地」についての記述は、こういっては語弊があるかもしれないが、漫然、緩慢と生きている現代ビジネスマンへの、森脇さんからの「喝」のようなものだ。いや、ビジネスマンのみならず、読めば「ハッ」とさせられることはあるはずだ。 高い目標、高い意識、貪欲な姿勢、それに付随する深い見識と知性とが人間を研ぎ澄ませ、そしてさらなる高みに押し上げてくれるのだということを、森脇さんはこの本に書き記したかったのだと僕は感じていて、これはひとつの「哲学書」だと認識している。日本人は「こんな世の中になった」ことの分析や犯人探しはしきりとやるが、しかし、自分がどうあるのか、自分はどう動くべきなのか、というところに今ひとつ立ち至ることができていない。そしてその「術」を誰も説かないし、また「忘れ去っている」ようなところがある。 そんな現代社会の病根への、ひとつの回答であり、「処方箋」となるのが本書であると結論づけたい。 2015.8.14 前田恵祐 . [6回]PR