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前田恵祐は2018年5月18日、闘病の末この世を去りました。 故人の意思を尊重し、ブロクは閉じずにそのまま残すこととしました。 以前からの読者の方、初めてブログに訪れてくださった方もこれまでの記事をご覧にっていただけるとありがたく存じます。(遺族一同) 当ブログのURLリンク、内容、文章等を、他のwebサイト、SNS、掲示板等へ貼り付け拡散する行為、印字して配布する行為は、いかなる場合も禁止事項として固くお断りいたします。

#035 多国籍アメリカンSUVの真価

リンカーン MKX 3.5V6 AWD/ROAD TEST(2009.11)
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この試乗記は個人的な印象記です
捉え方や感じ方には個人差があります
ご自身で乗ってお確かめください



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疑問は乗って解決する?

 エスユーブイとは何なのか。とりわけ頭文字のスポーツ、とは、スポーティーなナリをしているだけ、の意味なのかどうなのか。このクルマは身をもってその疑問に答えてくれた。今回は地元販売会社から1週間もの間、車両をお借りすることが出来たのである。



概観 

 リンカーンの長い歴史を肯定しつつ現代的なデザインの中にそれを巧く盛り込んでいる。ハリアーやムラーノに似ていなくもないが、各部の仕上げやデザインそのもののレベルの高さではこちら。歴史ある高級ブランドとしてのプライド、といったところ。




 個性的で、また過去のモチーフを生かしたフロントマスクは、実は左右が絞り込まれていて、アメリカ車というよりヨーロッパ車的な雰囲気もある。リアの横長の赤いランプもアメリカ車らしく、堂に入っている。今度日本にやってくるカマロにも感じているが、過去と現在のミックス、調和、ちょっと巧いアレンジャーが率いるJAZZ-FUSIONミュージックのよう。




 大きさは、この日本ではいかんともしがたい。どのシーンでも気を遣うといえば使うし、慣れの問題といえば慣れの問題。小さな日本車と同じようには動き回れないもの、と、心に決めて悠然と構えるのがいいだろう。すれ違えなければ待って譲ればいい。バスを追い越せなければ追い越せるその時まで待てばいい。また、待てる人にこそ相応しいクルマだ。




 具体的には高く分厚いボンネットが運転席から視認出来ないこと、車両周囲の直下が見えないのはまだしも、Aピラーとその付け根が太く斜め前方視界に自信がもてないことなど。フロントと助手席側に見えない領域をフォローするカメラがあり、その映像はルームミラーの端に表示される。小さいが充分に有効。




 左ハンドルしかないのは少量輸入ゆえしかたのないところ。むしろ左ハンドル車をスマートに乗りこなせるということも、ある程度の「経験あるドライバー」にとって必要なスキルであり、またプライドでもあるだろう。筆者は左ハンドルを否定しない。



インテリア

 シンプルでいながら上品にまとめられている。難を言えばアメ車独特のプラスチックの質感やフィニッシュレベルの低さだが、そんなもの気にしなくていい。それ以上の魅力がある。




 地味、ということもできるが、抑制が効いている、とも言える。「高級」というと、多くの人はあれもこれもと欲張って「強欲」と勘違いする。しかしそれはいいかえれば「物欲しげ」となる。「物欲しがる」感情に抑制を効かせ必要なところにだけ効果的に装飾を施すことで、それぞれの個性もセンス良く際立つ。この、「抑制」という成熟と品位ある人間だけにそなわる所作。それをこのクルマの内装は表現している。稀有なことだ。


 ポイントとしては欲張りすぎていない木目フィニッシャの使い方、シートカラーと対極のカラーチョイスをしながら見事に調和を見せているパイピング処理、そして個性的なハンドルのデザインと、シンプルだがこれもまた過去のモチーフにヒントを求めているメーターパネルにある。モダンにしてクラシック。しかしそのクラシックは60~70年代のものでわりと近代、と感じるがそういう時代になったのだ。




 ただし、筆者の個人的な好みでは、ハンドルのリムの材質は何処に触れても一定であって欲しい。ハンドル操作の手法やクセによって掌がリム上をすべる、すべらせることもあるわけだが、その際の摩擦係数が途中で変わるのはスムーズでないし、もっといえば常に持つ位置が木目だと吸湿性が低くべとべとになってイヤだ。木目自体はキライではないし、このハンドルも美しいデザインだが、木目を使う場所はよく考えたほうがいい。


(夜間も一発視認の計器盤、これくらいシンプルに行きたい)


 ドライバーズシートはそれほど大きくないが日本人には充分であり、アメリカ車らしくおおらかに身体を受け入れ、支えてくれる。どこかに力が入りすぎたりストレスが集中しないように設えてあり、全般的にクッションもやわらかいが腰砕けにもならないスグレモノ。黒の本革の張りは例によってユルめ。それも善し悪しと言うよりアメ車のカラーというものだ。




 様々な体格や姿勢を許容する自由さもアメリカというお国柄だろう。中央とドア側のアームレストの高さが気持ちよく統一されていたり、シート調整の幅も充分に取られているなど、アメ車はこうしたところが本当に充実している。




 リアシートのスペースは長いホイールベースもあって充分で、それは足元においても頭上においても、また腕の置場においても同様。ただシートクッションはやや薄めに感じられて、前席ほと手厚い感じはしない。このあたり、本国におけるこのクルマのポジションがあくまでも前席優先の”パーソナルカー”であることを物語っているし、畳んでラゲッジスペースを拡大する機能を満たすせいかもしれない。




 ラゲッジスペースも広大でこそ無いが充分。リアシートを倒すと座面が一段下に収まってくれ、そのおかげで荷室から平らな床面を作ることが出来ている。リアゲートは電動式。こうした高さのあるクルマ、しかもこのクルマのようにテールゲートがゴツくつくられて重さもあるものには大変有効。安全装置もあるはずだが、それでも幼児が挟み込まれないように注意して欲しい。



エンジン/トランスミッション

 3.5リッターV6は、ジャガーや以前のマツダにも供給されたものにも共通性がありそうだ。音やフィーリングが似ている。2tの車重に必要充分。後述する6段オートマチックもそのパワーソースを効果的に活用している感があり、思った以上に機敏。でもやっぱりゆったりと行くのがいい。静かで滑らか、振動も極めて少なく安楽で快適。エンジンが遠くにあるように感じられ、存在を忘れていられる。回したところで興奮する要素があるわけでもない。それでいいし、そこもアメリカ車らしい。




 GMと共同開発というオートマチックは6段のフロアシフト。実際のシフトパターンは前進で「D」と「L」のみであり、加えてシフトレバーにオーバードライブスイッチを備える。O/Dの解除では5段上限のシフトワークになるようだが、「L」に入れると、何段めにはいるかは不定かだが、かなり強力にエンジンブレーキが効く。それでいて「L」レンジ内でもギアの自動変速もやっているから1速や2速固定というモードでもないらしい。




 普通に走る分には状況に応じてトランスミッション側が判断する自動変速(アップもダウンも)に任せていられはするが、後述のハンドリングからも、パドルシフトやシーケンシャルなどの各ギアを明瞭に固定できるロジックを求めたくなる。全般的にシフトワークは滑らかでショックも皆無に近く、それでいて案外まめにチェンジしているがそれにも気がつかない。さすがにアメリカ、オートマチックの経験が長いだけのことはある。



足回り


 普通に、この大きさ、重さだから乗り心地を重視するであろう、と誰もが思うだろう。事実そのとおりで、しなやかで柔らかく、振動や騒音のシャットアウトも完璧、ナリは似ていてもムラーノやハリアーとはこの辺で大きな差がある。さすがにアメリカ製高級乗用車。心穏やか、鷹揚に構え街を流したり高速をクルーズするのに最適。上品でしっとりとした路面へのタッチ、しなやかだがしっかりチェックされたロール剛性やその発生スピードで不安も煽らない。身を任せ、疲労少なく長距離を走破するのにも向くだろう。良く仕上がった乗り心地。標準のミシュランタイアは、それ自体硬め。別のブランドを選ぶとさらに滑らか、特有の微小なコツコツは軽減できそうだ。



が。



 目が覚めたのは箱根新道にさしかかってから。生憎の雨模様だったが、なにより軽いだけと感じていたステアリングの正確性とそれが深く切り込んだときにまで持続することに筆者のドライビングセンサーが反応した。高速高Gコーナーリングにおいてもラインは正確にトレースされ外輪が確実に路面を捉え続けていることをはっきりと伝えてくるばかりか、ロール軸の高さも適切に調整されており、よくあるような頭でっかちになって外輪にドッとのしかかることもなく、内輪もまた路面を捕らえ旋回能力には剰余が生じていることを確認できる。まるでよくできたヨーロッパ車のようなコーナーリング。ましてやS字区間での素早く切り返しにおいてもハンドルの手ごたえは正確なままで、しかも自重を感じさせない身軽さは、ハンドルの向きとクルマの姿勢の同調に遅れやズレが殆ど無いことからも明らかだ。



 むろん、スポーツカーのように、とは行かないし、限界まで攻めたわけじゃない。しかし、ちょっとトバしただけでこの素性の良さ、と思って調べるとこのクルマ、あのマツダ・アテンザとも血縁関係にあるらしい。



 アメリカ車らしく洗練された上品な乗り心地は充分に予測できたが、それに加え、同時に山岳路でのまるでスポーツセダンのようにさえ感じさせる軽快でいきいきとした身のこなしの、この”同居”である。このバランス感覚、この洗練、そして完成度。かなりの手練テストドライバーの仕事を想像させたし、ボディやシャシ各部の剛性が出ていて設計どおりに気持ちよく各パートが仕事をできている証でもある。






 筆者はまるでスポーツカーを運転して三島に降りてきたときのような余韻とともに、このSUVのハンドルを叩いて祝福したのである。「すばらしいよ」。事前の想像との落差にただただ驚嘆するばかりだった。



 ゆえに。



 パドルシフトやシーケンシャルが欲しい理由がおわかりと思う。



燃費と騒音

・時速100キロ時の騒音:64dB
・燃費
(1)横浜で受け取り>品川まで一般道(撮影)>首都高湾岸線で横浜・・・4.564km/L
(2)横浜>逗子>国道134号>西湘BP>箱根新道>三島>沼津IC>東名>横浜町田>横浜・・・8.631km/L
(3)横浜>市内撮影移動半日>首都高>鳩ヶ谷>外環>環八>第三京浜>保土ヶ谷・・・9.595KM/L
参考平均値:7.596km/L



まとめ

 おおかたは、メルセデスやBMW、あるいはランドローバーやレクサスなどの人気車種に惹かれるだろうし、日本においてはそちらのほうがブランド力が強い。それらは、寿司ネタでいうなら定番中の定番、マグロの大トロである。対して、リンカーンMKXは一見地味な存在だが、実は脂も乗っていて味わい深くて歯ごたえもあり、同時に取れる数も少ない(実際日本では台数が希少)と考えると、ひらめのエンガワのようなものだ。






 左ハンドルのみ、プラスチックが安っぽいなどアメ車然としたところもあるにはあるが、調度や身のこなしは巧みに仕上がっていて、経験豊富なドライバーにとってもおそらくや少なからぬ満足感が去来するだろう。せっかく大きな投資をするのだから他人と同じようなモノではつまらない。他人と同じような考え方ではつまらない。ましてや乗り味や品格の種類という五感や内面性で差をつける。鷹揚としていながら、繊細なタッチ。ものわかる大人が静かにほくそえむ、そんな価値ある一台だ。



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魅力度:9/10





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車両情報

車両本体価格/650.0万円 
駆動方式/4WD 
トランスミッション/6AT 
全長×全幅×全高/4750×1925×1705mm 
室内長×室内幅×室内高/1950×1515×1130mm 
ホイールベース/2820mm 
最低地上高/210mm 
車両重量/2060kg 
乗車定員/5名 
ドア数/5枚 
標準カラー/ブラック、ホワイト・プラチナム、ブリリアント・シルバー
エンジン/V型6気筒DOHC 
過給器/なし 
総排気量/3495cc 
使用燃料/レギュラー 
燃料タンク容量/76L 
最高出力/269ps(198kw)/6250rpm 
最大トルク/34.6kg・m(339N・m)/4500rpm 
パワーウェイトレシオ/8kg/ps
タイヤ/245/60R18・ミシュラン (前後)
ブレーキ(前)/Ⅴディスク式 
ブレーキ(後)/Ⅴディスク式 
サスペンション(前)/ストラット式 
サスペンション(後)/マルチリンク式



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ご留意ください
この試乗記は貴方の試乗を代行するものではありません。
感じ方や考え方には個人差があります。
また、製品は予告なく改良される場合があり、
文中にある評価がそのまま当てはまらない場合もあります。
購入前にはぜひご自分で試乗をしてよくお確かめください。









前田恵祐


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